平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(刑事系科目第1問)
1 出題の趣旨について
 既に公表した出題の趣旨のとおりである。
2 採点の基本方針等
本問では、具体的事例に基づいて甲乙の罪責を問うことによって、刑法総論・各論の基本的な知識と諸論点についての理解の有無・程度、事実関係を的確に分析・評価し、具体的事実に法規範を適用する能力、結論の具体的妥当性、その結論に至るまでの法的思考過程の論理性を総合的に評価することを基本方針として採点に当たった。
 すなわち、本問は、暴力団組長の甲が、同組幹部のAを車のトランク内に閉じ込め、車ごと燃やして殺害しようとの計画の下、自らAを自己所有車B(以下「B車」という。)のトランク内に閉じ込めた上、その事情を秘して配下組員の乙に指示してB車に放火させたが、その前にAがトランク内で窒息により死亡していたという具体的事例についての甲乙の罪責を問うものであるところ、これらの事実関係を法的に分析した上で、事案の解決に必要な範囲で法解釈論を展開し、事実を具体的に摘示しつつ法規範への当てはめを行って妥当な結論を導くこと、更には、甲乙それぞれの罪責についての結論を導く法的思考過程が相互に論理性を保ったものであることが求められる。
 甲乙の罪責を分析するに当たっては、甲乙それぞれの行為や侵害された法益等に着目した上で、どのような犯罪の成否が問題となるのかを判断し、各犯罪の構成要件要素を一つ一つ吟味し、これに問題文に現れている事実を丁寧に拾い出して当てはめ、犯罪の成否を検討することになる。ただし、論じるべき点が多岐にわたることから、事実認定上又は法律解釈上の重要な事項については手厚く論じる一方で、必ずしも重要とはいえない事項については、簡潔な論述で済ませるなど、答案全体のバランスを考えた構成を工夫することも必要である。
 出題趣旨でも示したように、本問における甲乙の罪責としては、いずれについても、殺人罪、監禁罪(又は監禁致死罪)、建造物等以外放火罪の成否が主要な問題となるところであり、このうち、特に主要な論点としては、以下のものが挙げられる。
 まず、一つめとして、乙の殺人罪の成否の検討において、乙がAをB車トランク内に閉じ込めた状態で同車に火を放って殺害する意図でAの口をガムテープで塞いでトランクを閉じて同車を走行させたところ、乙が企図したよりも早い段階となるB車走行中にAが窒息死したことにつき、構成要件の実現が早すぎた場合の実行の着手時期等についての擬律判断及び当てはめが挙げられよう。この点について、殺人罪の構成要件要素、すなわち、実行行為(実行の着手)、結果、因果関係及び故意について、意義を正確に示した上で、具体的事実を当てはめることが基本であり、その中で上記擬律判断についての解釈論を展開し、的確な当てはめを行うことが求められる。
 二つめとして、甲の殺人罪の成否の検討において、甲が乙に対し、B車トランク内にAを閉じ込めていることを秘して同車への放火を指示した点につき、甲を間接正犯等の実行行為者とする殺人罪の成否の検討が必要である。特に、乙がAの存在に気付きながらも上記行為に及んだことについてどのように評価するのかについては、間接正犯の着手時期等にも言及しつつ、丁寧に論じることが望まれる。また、乙との共犯関係をどう捉えるのかについて、例えば、間接正犯の意図で教唆の結果を生じさせた場合の擬律判断等の検討も望まれる。
 三つめとして、甲乙の建造物等以外放火罪の成否の検討においては、公共の危険の意義及び判断基準、同危険の発生の認識の要否等が主要な問題点となり、当てはめについても、具体的事実を的確に指摘して丁寧に論じることが求められる。
 その他、甲乙の監禁罪又は監禁致死罪の成否等、本問で論じるべき問題点は、多岐にわたるが、いずれの論点についても、参考となる著名な判例もある基本的な論点であり、これらの論点に対する理解と刑法総論・各論の基本的理解に基づき、事実関係を整理して考えれば、一定の妥当な結論を導き出すことができると思われ、実際にも、相当数の答案が一定の水準に達していた。
3 採点実感等
 各考査委員から寄せられた意見や感想をまとめると、以下のとおりである。
(1) 全体について
 多くの答案は、甲乙それぞれに殺人罪及び建造物等以外放火罪の成否を検討し、特に主要な論点として挙げた前記各論点を論じており、本問の出題趣旨や大きな枠組みは理解していることがうかがわれた。
 特に、乙の殺人罪の成否の検討における構成要件の実現が早すぎた場合の擬律については、最決平成16年3月22日刑集58巻3号187頁が参考になるところであるが、相当数の答案が同判例が挙げる実行着手を判断するための複数の考慮要素を引用しており、また、建造物等以外放火罪の成否についても、相当数の答案が、最決平成15年4月14日刑集57巻4号445頁で示されたような公共の危険の意義を示し、問題文中の具体的事実を摘示して当てはめるなど、重要判例についてはそれ相応に学習していることがうかがわれた。
 ただし、刑事責任が余り問題とならないような点について延々と論述する一方で、主要な論点については不十分な記述にとどまっているなどバランスを欠いた答案も少なからずあった。
 その他、考査委員による意見交換の結果を踏まえ、答案に見られた代表的な問題点を列挙すると以下のとおりとなる。
(2) 乙の罪責について
ア 殺人罪の成否を全く検討していない答案
イ 殺人罪の成否につき、実行の着手等の客観的構成要件要素を論じることなく故意の有無しか論じていない答案、因果関係の有無と因果関係の錯誤とを混同している答案など、刑法総論の理論体系の理解が不十分と思われる答案
ウ 殺人罪の成否につき、実行の着手、結果、因果関係を一応論じているものの、具体的事実の摘示や当てはめが極めて不十分な答案
エ 建造物等以外放火罪の成否につき、同罪を抽象的公共危険犯であるとする答案
オ 建造物等以外放火罪の成否につき、「焼損」等の構成要件要素や「公共の危険」の意義等の記載を欠くか、記載していても不正確な答案
カ これらの意義についての理解が不十分なためであると思われるが、それぞれの当てはめにつき、具体的な事実の摘示が不十分な答案
キ なお、公共の危険やその認識の要否の各論点につき、他の見解にも言及しつつ自己の見解を説得的に論述している答案は高い評価を受けたが、そのような答案は僅かであった。
(3) 甲の罪責について
ア 殺人罪の成否につき、安易に乙との間で黙示の共謀があったなどとして同罪の共謀共同正犯を認定した答案
イ 殺人罪の成否につき、実行の着手等についての擬律判断及び当てはめを十分に論じることなく、安易に甲がAをB車トランク内に閉じ込めた行為を甲による殺人の実行着手と認定した答案
ウ 殺人罪の成否につき、多くの答案が間接正犯の成否について一応言及していたものの、そのほとんどが、「乙が途中でAの存在に気付いたから間接正犯は成立しない」旨簡潔に述べるのみで、間接正犯の実行着手時期に言及した上、殺人予備罪にとどまるのか、殺人未遂罪が成立するのかを明らかにした答案は僅かであった。
エ 殺人罪の成否につき、乙との共犯関係について何ら言及のない答案
オ 甲に殺人罪(未遂、教唆を含む)が成立するとしても、甲がAをB車に乗車させて疾走させ、更には、Aに睡眠薬入りコーヒーを飲ませて昏睡させ、ロープで緊縛してトランク内に閉じ込めるなどした行為につき、別途、監禁罪等の成否の検討が求められるが、これについての言及を欠くか、記載していても不十分な内容にとどまった答案が多かった。
カ 甲に殺人既遂教唆罪を認定したためか、甲の建造物等以外放火罪の成否につき、共同正犯の成否を検討することなく、安易に同罪の教唆犯を認定した答案
(4) その他
 これまでにも指摘してきたことでもあるが、少数ながら、字が乱雑なために判読するのが著しく困難な答案が見られた。時間の余裕がないことは理解できるところであり、達筆である必要はないものの、採点者に読まれることを意識し、なるべく読みやすい字で丁寧に答案を書くことが望まれる。
(5) 答案の水準
 以上の採点実感を前提に、「優秀」「良好」「一応の水準」「不良」という四つの答案の水準を示すと、以下のとおりである。
 「優秀」と認められる答案とは、本問の事案を的確に分析した上で、本問の出題趣旨や上記採点の基本方針に示された主要な問題点について検討を加え、成否が問題となる犯罪の構成要件要素等について正確に理解するとともに、必要に応じて法解釈論を展開し、事実を具体的に摘示して当てはめを行い、甲乙の刑事責任について妥当な結論を導いている答案である。特に、摘示した具体的事実の持つ意味を論じつつ当てはめを行っている答案は高い評価を受けた。
 「良好」な水準に達している答案とは、本問の出題趣旨及び上記採点の基本方針に示された主要な問題点は理解できており、甲乙の刑事責任について妥当な結論を導くことができているものの、一部の問題点についての論述を欠くもの、主要な問題点の検討において、構成要件要素の理解が一部不正確であったり、必要な法解釈論の展開がやや不十分であったり、必要な事実の抽出やその意味付けが部分的に不足していると認められたものなどである。
 「一応の水準」に達している答案とは、事案の分析が不十分であったり、複数の主要な問題点についての論述を欠くなどの問題はあるものの、刑法の基本的事柄については一応の理解を示しているような答案である。
 「不良」と認められる答案とは、事案の分析がほとんどできていないもの、刑法の基本的概念の理解が不十分であるために、本問の出題趣旨及び上記採点の基本方針に示された主要な問題点を理解していないもの、事案の解決に関係のない法解釈論を延々と展開しているもの、問題点には気付いているものの、結論が著しく妥当でないものなどである。
4 今後の法科大学院教育に求めるもの
 本問において、構成要件の幹となる実行の着手等についての体系上の位置付けを理解していないと思われる答案が散見されたことを踏まえ、刑法の学習においては、まずもって総論の理論体系、例えば、構成要件要素である実行行為、結果、因果関係、故意等の体系上の位置付けや相互の関係を十分に理解した上、これらを意識しつつ、各論に関する知識を修得することが必要であり、答案を書く際には、常に、論じようとしている論点が体系上どこに位置付けられるのかを意識しつつ、検討の順序にも十分に注意して論理的に論述することが必要である。
 また、繰り返し指摘しているところであるが、判例学習の際には、結論だけを丸暗記するのではなく、判例の事案を十分に分析した上、その判例が挙げた規範や考慮要素が刑法の体系上どこに位置付けられ、他のどのような事案や場面に当てはまるのかなどについてイメージを持つことが必要と思われる。
 このような観点から、法科大学院教育においては、引き続き判例の検討等を通して刑法の基本的知識や理解を修得させるとともに、これに基づき、具体的な事案について、妥当な解決を導き出す能力を涵養するよう一層努めていただきたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA