屋外広告物法は,都道府県が条例により「屋外広告物」(常時又は一定の期間継続して屋外で公衆に表示されるものであって,看板,立看板,はり紙及びはり札並びに広告塔,広告板,建物その他の工作物等に掲出され,又は表示されたもの並びにこれらに類するもの)を規制することを認めており,これを受けて,A県は,屋外広告物(以下「広告物」という。)を規制するため,A県屋外広告物条例(以下「条例」という。)を制定している。条例は,一定の地域,区域又は場所について,広告物又は広告物を掲出する物件(以下「広告物等」という。)の表示又は設置が禁止されている禁止地域等としているが,それ以外の条例第6条第1項各号所定の地域,区域又は場所(以下「許可地域等」という。)についても,広告物等の表示又は設置には,同項により,知事の許可を要するものとしている。そして,同項及び第9条の委任を受けて定められたA県屋外広告物条例施行規則(以下「規則」という。)第10条第1項及び別表第4は,各広告物等に共通する許可基準を定め,規則第10条第2項及び別表第5二は,建築物等から独立した広告物等の許可基準を定めている。
広告事業者であるBは,A県内の土地を賃借し,依頼主の広告を表示するため,建築物等から独立した広告物等である広告用電光掲示板(大型ディスプレイを使い,店舗や商品のコマーシャル映像を放映するもの。以下「本件広告物」という。)の設置を計画した。そして,当該土地が都市計画区域内であり,条例第6条第1項第1号所定の許可地域等に含まれているため,Bは,A県知事に対し,同項による許可の申請(以下「本件申請」という。)をした。
本件広告物の設置が申請された地点(以下「本件申請地点」という。)の付近には鉄道の線路があり,その一部区間の線路と本件申請地点との距離は100メートル未満である。もっとも,当該区間の線路は地下にあるため,設置予定の本件広告物を電車内から見通すことはできない。また,本件申請地点は商業地域ではなく,本件広告物は「自己の事務所等に自己の名称等を表示する広告物等」には該当しない。これらのことから,A県の担当課は,本件申請について,規則別表第5二(ハ)の基準(以下「基準1」という。)に適合しない旨の判断をした。他方,規則別表第4及び第5のその他の基準については適合するとの判断がされたことから,担当課は,Bに対し,本件広告物の設置場所の変更を指導したものの,Bは,これに納得せず,設置場所の変更には応じていない。
一方,本件申請がされたことは,本件申請地点の隣地に居住するCの知るところとなった。そして,Cは,本件広告物について,派手な色彩や動きの速い動画が表示されることにより,落ちついた住宅地である周辺の景観を害し,また,明るすぎる映像が深夜まで表示されることにより,本件広告物に面した寝室を用いるCの安眠を害するおそれがあり,規則別表第4二の基準(以下「基準2」という。)に適合しないとして,これを許可しないよう,A県の担当課に強く申し入れている。
以上を前提として,以下の設問に答えなさい。なお,条例及び規則の抜粋を【資料】として掲げるので,適宜参照しなさい。
〔設問1〕
A県知事が本件申請に対して許可処分(以下「本件許可処分」という。)をした場合,Cは,これが基準2に適合しないとして,本件許可処分の取消訴訟(以下「本件取消訴訟1」という。)の提起を予定している。Cは,本件取消訴訟1における自己の原告適格について,どのような主張をすべきか。想定されるA県の反論を踏まえながら,検討しなさい。
答案作成手順
1.「法律上の利益を有する者」(行訴法9条1項1)の意義
行訴法9条1項にいう「法律上の利益を有する者」とは、処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。 処分の相手方以外の第三者については、当該処分の根拠法規が、一般的公益のみならず、それによって保護される個別的利益を侵害されるおそれのある者に原告適格が認められる(行訴法9条2項)。
2.根拠法規及び関係法規の解釈(行訴法9条2項)
(1) 条例・規則の目的(公益性の検討) 条例1条は「良好な景観の形成」「風致の維持」「公衆に対する危害防止」を目的とし、2条もこれを再確認している。これらは一見、社会全体の美観や安全を維持する一般的公益を保護するものに見える。
(2) 個別的利益の保護性の検討(Cの主張) しかし、規則10条1項・別表第4二(以下「基準2」)は、「蛍光塗料、発光塗料又は反射の著しい材料等」の使用を規制している。この趣旨は、単なる美観の維持にとどまらず、強烈な光や色彩による周辺居住者の静穏な生活環境や健康(安眠)を保護する点にあると解すべきである。
具体的根拠: 条例1条の「公衆に対する危害」には、物理的な落下物等だけでなく、過度な光による健康被害(睡眠障害等)も含まれると解する余地がある。
範囲の限定: この利益は、不特定多数の「公衆」が享受する抽象的なものではなく、広告物に近接し、直接かつ継続的にその光線の影響を受ける「周辺居住者」という限定された範囲の人々が、健康で平穏に生活するために不可欠な個別的利益である。
3.想定されるA県の反論とそれに対する再反論
A県の反論: 屋外広告物法及び本条例は、あくまでも「都市の美観」という公益保護を主眼としており、個人の安眠等の私的利益を保護する意図はない。Cが受ける不利益は、公益保護の「反射的利益」にすぎない。
Cの再反論: 確かに景観一般は公益的側面が強いが、本件広告物は「動画を表示する電光掲示板」であり、その影響は一時的な通行人(公益の対象)と、隣地で生活を営む居住者(個別的利益の対象)とでは質的に異なる。居住者にとっての安眠は、憲法13条や25条にも根拠を有する重大な利益であり、これを保護の対象外とすることは法の趣旨に反する。
4.あてはめ(具体的被害の程度)
Cは本件申請地点の「隣地」に居住しており、「寝室」が本件広告物に面している。動画や深夜までの発光により「安眠を害するおそれ」があることは、単なる不快感を超えた、具体的かつ重大な利益侵害の蓋然性を示している。
5.結論
Cは、本件許可処分により「法律上保護された利益」を侵害されるおそれがある者に該当し、本件取消訴訟1について原告適格を有する。
〔設問2〕
A県知事が本件広告物の基準1への違反を理由として本件申請に対して不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)をした場合,Bは,本件不許可処分の取消訴訟(以下「本件取消訴訟2」という。)の提起を予定している。Bは,本件取消訴訟2において,本件不許可処分の違法事由として,基準1が条例に反して無効である旨を主張したい。この点につき,Bがすべき主張を検討しなさい。
答案作成手順
1.委任命令の有効性判断の枠組み
地方自治法14条2項 2に基づき、条例の委任を受けた規則は、条例の委任の趣旨・目的の範囲内でなければならない。条例の趣旨に反し、不合理な規制を課す規則は、委任の範囲を逸脱し無効となる(薬事法距離制限事件等の趣旨)。
2.条例の委任の趣旨と基準1の乖離
(1) 条例の趣旨・目的(視認性の重視) 条例1条・2条は、景観形成や交通の安全を目的とする。また、条例6条1項2号は、鉄道から「展望できる地域」であることを要件としている。これらに照らせば、条例が屋外広告物を規制する本質的な理由は、それが「公衆に視認され、景観や安全に影響を及ぼすこと」にある。
(2) 基準1の不合理性(委任の範囲逸脱) 規則別表第5二(ハ)(以下「基準1」)は、鉄道との距離が100メートル未満であれば、視認性の有無を問わず一律に設置を禁止している。
しかし、本件のように「線路が地下にある」場合、広告物は電車内から全く視認できず、景観を害することも交通の安全を妨げることも物理的にあり得ない。
条例が予定する「景観・安全」という目的と、基準1が採用する「一律の距離制限」という手段との間には、視認できない場合にまで及ぼす合理的関連性が認められない。
したがって、基準1は、条例が想定していない「景観等に影響を与えない広告物」までも一律に禁止するものであり、条例の委任の趣旨を逸脱する過剰な規制として無効である。
4.結論
本件不許可処分は、無効な基準1に基づきなされたものであり、法律上の根拠を欠く(あるいは裁量権を逸脱・濫用した)違法な処分である。
【資料】
○ A県屋外広告物条例(抜粋)
(目的)
第1条 この条例は,屋外広告物法に基づき,屋外広告物(以下「広告物」という。)及び屋外広告業について必要な規制を行い,もって良好な景観を形成し,及び風致を維持し,並びに公衆に対する危害を防止することを目的とする。
(広告物の在り方)
第2条 広告物又は広告物を掲出する物件(以下「広告物等」という。)は,良好な景観の形成を阻害し,及び風致を害し,並びに公衆に対し危害を及ぼすおそれのないものでなければならない。
(許可地域等)
第6条 次の各号に掲げる地域,区域又は場所(禁止地域等を除く。以下「許可地域等」という。)において,広告物等を表示し,又は設置しようとする者は,規則で定めるところにより,知事の許可を受けなければならない。
一 都市計画区域
二 道路及び鉄道等に接続し,かつ,当該道路及び鉄道等から展望できる地域のうち,知事が交通の安全を妨げるおそれがあり,又は自然の景観を害するおそれがあると認めて指定する区域(第1号の区域を除く。)
三,四 略
五 前各号に掲げるもののほか,知事が良好な景観を形成し,若しくは風致を維持し,又は公衆に対する危害を防止するため必要と認めて指定する地域又は場所
2 略
(許可の基準)
第9条 第6条第1項の規定による許可の基準は,規則で定める。
○ A県屋外広告物条例施行規則(抜粋)
(趣旨)
第1条 この規則は,A県屋外広告物条例(以下「条例」という。)に基づき,条例の施行に関し必要な事項を定めるものとする。
(許可の基準)
第10条 条例第6条第1項の規定による許可の基準のうち,各広告物等に共通する基準は,別表第4のとおりとする。
2 前項に規定するもののほか,条例第6条第1項の規定による許可の基準は別表第5のとおりとする。
別表第4(第10条第1項関係)
一 地色に黒色又は原色(赤,青及び黄の色をいう。)を使用したことにより,良好な景観の形成を阻害し,若しくは風致を害し,又は交通の安全を妨げるものでないこと。
二 蛍光塗料,発光塗料又は反射の著しい材料等を使用したこと等により,良好な景観の形成を阻害し,若しくは風致を害し,又は交通の安全を妨げるものでないこと。
別表第5(第10条第2項関係)
一 略
二 建築物等から独立した広告物等
(イ) 一表示面積は,30平方メートル以下であること。
(ロ) 上端の高さは,15メートル以下であること。
(ハ) 自己の事務所等に自己の名称等を表示する広告物等以外の広告物等について,鉄道等までの距離は,100メートル(商業地域にあっては,20メートル)以上であること。
三~九 略
(出題の趣旨)
設問1においては,A県屋外広告物条例(以下「条例」という。)に基づく広告物設置等の許可処分(以下「本件許可処分」という。)について,それにより景観や生活・健康が害されることを主張する隣地居住者の原告適格を,当該原告の立場から検討することが求められる。まず,行政事件訴訟法第9条第1項所定の「法律上の利益を有する者」に関する最高裁判例で示されてきた判断基準について,第三者の原告適格の判断に即して,正しく説明されなければならない。その上で,原告が主張する景観と生活・健康(安眠)に関する利益について,それぞれ,本件許可処分の根拠法規である条例やA県屋外広告物条例施行規則(以下「規則」という。)によって保護されているものであることが,許可の要件や目的などに即して,具体的に説明されなければならない。さらに,これらの利益について,それらが一般的な公益に解消しきれない個別的利益といえることが,その利益の内容や範囲等の具体的な検討を通じて,説明されなければならない。設問2においては,許可地域等において広告物等と鉄道等との距離を要件とする規則所定の許可基準について,条例がこれを委任した趣旨に適合し委任の範囲内にあるかを,その無効を主張する原告の立場から検討することが求められる。まず,この規則が定める許可基準が条例の委任に基づいて定められた委任命令であり,条例の委任の趣旨に反すれば無効となることが明確にされなければならない。つぎに,条例の委任の趣旨,言い換えれば条例が許可制度を設けた趣旨について,目的規定,許可地域等の定め方など,条例の規定に照らして,具体的に検討されなければならない。最後に,こうした目的に照らして,鉄道から広告物等が見通せるか否かを問題にすることなく,それとの距離を要件とする許可基準の定め方につき,これが条例の委任の趣旨と矛盾することから,これを定める規則が無効であるとの結論が導かれるべきこととなる。