本問は、覚せい剤取締法違反事件の捜査及び公判に関する事例を素材に、刑事手続法上の問題点、その解決に必要な法解釈、法適用に当たって重要な具体的事実の分析及び評価並びに結論に至る思考過程を論述させることにより、刑事訴訟法に関する基本的学識、法適用能力及び論理的思考力を試すものである。
〔設問1〕は、甲による覚せい剤使用及び所持の疑いを抱いた司法警察員Pらが、H警察署で甲から尿の提出を受ける必要があると考え、同署への任意同行を拒む甲に対し、説得を続けながら、30分にわたり、その進路を塞ぐなどして甲を留め置き、その後、甲の覚せい剤使用等の嫌疑が一層強まった下、甲車の捜索差押許可状及び甲の尿を差し押さえるべき物とする捜索差押許可状の請求準備から甲車の捜索を開始するまで、甲に対し、その進路を塞いだり、胸部及び腹部を突き出しながら甲の体を甲車運転席前まで押し戻すなどし、5時間にわたり、甲を留め置いた措置に関し、その適法性を検討させる問題であり、いわゆる強制処分と任意処分の区別、任意処分の限界について、その法的判断枠組みの理解と、具体的事実への適用能力を試すことを狙いとする。
強制処分と任意処分の区別に関し、最高裁判所は、「強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する」と判示しており(最三決昭和51年3月16日刑集30巻2号187頁)、同決定に留意しつつ、強制処分と任意処分の区別に関する判断枠組みを明確化する必要がある。
そして、Pらの措置(その全部又は一部)が強制処分に至っておらず、任意処分にとどまる場合においては、任意処分として許容され得る限界についての検討が必要であるが、同決定は、強制処分に当たらない有形力の行使の適否が問題となった事案において、「強制手段にあたらない有形力の行使であっても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。」と判示しているから、ここでも同決定に留意しつつ、任意処分の限界(任意処分の相当性)の判断枠組みを明らかにしておく必要がある。
その上で、本設問の事例に現れた具体的事実が、その判断枠組みにおいてどのような意味を持つのかを意識しながら、Pらの措置の適法性を検討する必要がある。
強制処分と任意処分の区別に関しては、Pが甲の前に立ち、進路を塞いだ事実、パトカーで甲車を挟んだ事実、Pが両手を広げて甲の進路を塞ぎ、甲がPの体に接触すると、足を踏ん張り、前に進めないよう制止した事実、更には胸部及び腹部を前方に突き出しながら、甲の体を甲車運転席まで押し戻した事実等を具体的に指摘し、甲の態度にも着目しつつ、それらが甲の意思を制圧するに至っていないか、甲の行動の自由を侵害していないかといった観点から評価することが求められる。
そして、前記の点につき、強制処分に至っていないとの結論に至った場合には、任意処分としての相当性について検討することとなるし、また、いずれかの段階から強制処分に至っているとの結論に至った場合であっても、それまでのPらの措置について、任意処分としての相当性を検討することとなる。任意処分の相当性として、特定の捜査手段により対象者に生じる法益侵害の内容・程度と、特定の捜査目的を達成するため当該捜査手段を用いる必要との間の合理的権衡(いわゆる「比例原則」)が求められるとすると、甲に対する覚せい剤使用等の嫌疑が次第に高まり、また、【事例】3に至ると、Pらが甲の尿を差し押さえるべき物とする捜索差押許可状等の請求準備を行っているところ、このような嫌疑の高まり等に応じ、当該捜査手段を用いる必要の程度が変化すれば、相当と認められ得る留め置きの態様も変化することとなるから、そのような判断構造を踏まえ、具体的事実を摘示しつつ、相当性を適切に評価することが求められる。
なお、留め置き措置の適法性に関し、「留め置きの任意捜査としての適法性を判断するに当たっては、本件留め置きが、純粋に任意捜査として行われている段階と、強制採尿令状の執行に向けて行われた段階とからなっていることに留意する必要があり、両者を一括して判断するのは相当でないと解される。」とする裁判例があり(東京高裁平成21年7月1日判決判タ1314号302頁等)、このような考え方に従って論述することも可能であろうが、もとより同裁判例の考え方に従うことを求めるものではない。
〔設問2〕は、接見指定の可否・限界を問うものであり、接見指定に関する刑事訴訟法第39条第3項本文の解釈及び初回接見であることを踏まえた同項ただし書の解釈並びに具体的事実に対する適用能力を試すものである。
本設問では、まず、「捜査のため必要があるとき」という文言の解釈について、「接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られ、右要件が具備され、接見等の日時等の指定をする場合には、捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないものと解すべきである。そして、弁護人等から接見等の申出を受けた時に、捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分、検証等に立ち会わせている場合、また、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは、原則として右にいう取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に当たると解すべきである。」と判示した最高裁判所平成11年3月24日大法廷判決(民集53巻3号514頁)を踏まえつつ、自説を論ずる必要がある。
その上で、各接見指定において、接見指定を行ったのが、刑事訴訟法上要求されている弁解録取手続中であること(下線部①)、甲の自白を得たいとして取調べを実施しようとする段階であること(下線部②)を踏まえ、具体的な当てはめを行う必要がある。
次に、刑事訴訟法第39条第3項ただし書では、接見指定の要件が認められる場合であっても、「その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない。」とされている。本設問において、甲は、いまだ弁護人となろうとする者との接見の機会がなく、弁護士Tによる接見は、初回接見となる予定であった。この点に関し、最高裁判所は、「弁護人となろうとする者と被疑者との逮捕直後の初回の接見は、身体を拘束された被疑者にとっては、弁護人の選任を目的とし、かつ、今後捜査機関の取調べを受けるに当たっての助言を得るための最初の機会であって、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されないとする憲法上の保障の出発点を成すものであるから、これを速やかに行うことが被疑者の防御の準備のために特に重要である。」とし、初回接見の申出を受けた捜査機関としては、「接見指定の要件が具備された場合でも、その指定に当たっては、弁護人となろうとする者と協議して、即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能かどうかを検討し、これが可能なときは、(中略)即時又は近接した時点での接見を認めるようにすべきであり、このような場合に、被疑者の取調べを理由として右時点での接見を拒否するような指定をし、被疑者と弁護人となろうとする者との初回の接見の機会を遅らせることは、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するものといわなければならない。」(最三判平成12年6月13日民集54巻5号1635頁)と判示している。同判決とそこに示唆された「被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限する」かどうかの判断構造に留意しつつ、各下線部における接見指定の適法性について、具体的な当てはめを行う必要がある。
〔設問3〕は、乙の供述を内容とする証言について、伝聞法則の適用の有無を問うものである。
ある供述が伝聞法則の適用を受けるか否かについては、要証事実をどのように捉えるかによって異なるものであり、【事例】7に記載された本件の争点及び証人尋問の内容を参考に、具体的な要証事実を正確に検討する必要がある。公判前整理手続の結果、本件の争点については、①平成27年6月28日に、乙方において、乙が甲に覚せい剤を譲り渡したか、②その際、乙に、覚せい剤であるとの認識があったかの2点であると整理されているところ、証人尋問の内容に照らせば、本設問において問題となっているのは②に関することがうかがわれる。そこで、このことを前提に、具体的な要証事実を検討した上、乙の発言内容の真実性が問題となっているかどうかを論じ、伝聞供述に該当するかの結論を導くこととなる。
〔設問4〕は、公判前整理手続で明示された主張に関し、その内容を一部異にする被告人質問を制限することの可否について問うことによって、公判前整理手続の意義及び趣旨の理解並びにそれを具体的場面において適用し問題解決を導く思考力を試すものである。
本設問に関連し、公判前整理手続で明示されたアリバイ主張に関し、その内容を更に具体化する被告人質問等を刑事訴訟法第295条第1項により制限することの可否について判示した最高裁判所決定がある(最二決平成27年5月25日刑集69巻4号636頁)。本設問の解答に当たっては、同決定を踏まえた論述まで求めるものではないが、被告人及び弁護人には、公判前整理手続終了後における主張制限の規定が置かれておらず、新たな主張に沿った被告人の供述を当然に制限することはできないことに留意しつつ、公判前整理手続の趣旨に遡り、被告人質問を制限できる場合に関する自説を論じた上、本設問における公判前整理手続の経過及び結果並びに乙が公判期日で供述しようとした内容を抽出・指摘しながら、当てはめを行う必要がある。