本問は、① 会社法上の公開会社でない取締役会設置会社において、取締役会の開催に当たり、当該取締役会において解職決議がされた代表取締役に対する招集通知を欠いた場合における当該取締役会の決議の効力(設問1⑴)、② 取締役の報酬の額について、株主総会の決議によって定められた報酬等の総額の最高限度額の範囲内で取締役会の決議によって役職ごとに一定額が定められこれに従った運用がされていた会社において、役職の変動に伴い、その運用により定まる報酬の額よりも更に減額する旨の取締役会の決議がされた場合に、取締役が会社に対して請求することができる報酬の額(設問1⑵)、③ 株主総会において取締役から解任された者が、その解任について正当な理由がないとして、損害賠償請求をした場合における会社の損害賠償責任(設問2⑴)、④ 役員の解任の訴えの手続と、役員の解任を
議題として招集された株主総会が定足数を満たさずに流会となった場合において、役員の解任の訴えを提起することの可否(設問2⑵)、⑤ 役員等の会社に対する損害賠償責任と、大会社である取締役会設置会社における代表取締役等の内部統制システムの構築義務及び運用義務(設問3)に関する理解等を問うものである。
設問1⑴においては、取締役会の招集権者(会社法第366条第1項)や、取締役会の目的である事項の特定の要否を含む招集手続(会社法第368条第1項)、決議要件(会社法第369条第1項、第2項)について正確に理解していることが前提となる。そして、取締役会の開催に当たり、一部の取締役に対する招集通知を欠いた場合には、特段の事情がない限り、その招集手続に基づく取締役会の決議は無効であるが、その取締役が出席してもなお決議の結果に影響を及ぼさないと認めるべき特段の事情があるときは、決議は有効であるとする判例(最三判昭和44年12月2日民集23巻12号2396頁)や、代表取締役の解職決議については、その代表取締役は、特別利害関係を有する者に当たるとする判例(最二判昭和44年3月28日民集23巻3号645頁)を意識しながら、会社法上の公開会社でない取締役会設置会社において(いわゆる閉鎖会社においては、特別利害関係を有する者に当たらないという見解等もある。)、取締役会の開催に当たり、当該取締役会において解職決議がされた代表取締役に対する招集通知を欠いた場合に、上記の特段の事情があると認めることができるかどうかを説得的に論ずることが求められる。その際には、特別利害関係を有する者に当たると、当該取締役会の審議に参加して意見を述べることも認められないか否かや、Aが当該取締役会の審議に参加することが認められる場合であっても、Aの意見が決議の結果を動かさないであろうことが確実に認められるか否かなどについても触れつつ、事案に即して具体的に検討されることが望ましい。
設問1⑵においては、取締役の報酬等の額について、定款に定めていないときは、株主総会の決議によって定めるが(会社法第361条第1項)、判例(最三判昭和60年3月26日判時1159号150頁)は、株主総会の決議により、取締役全員に支給する総額の最高限度額を定め、各取締役に対する配分額の決定は、取締役会の決定に委ねてもよいとしていることや、取締役の報酬等の額が具体的に定められた場合には、その額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、当該取締役が同意しない限り、会社が一方的にその報酬等の額を減額することはできないと解されていること(最二判平成4年12月18日民集46巻9号3006頁参照)を意識しながら、取締役の報酬等の額について、株主総会の決議によって定められた報酬等の総額の最高限度額の範囲内で、取締役会の決議によって役職ごとに一定額が定められ、これに従った運用がされていた場合に、取締役が、役職の変動に伴う報酬の減額に同意していたと認められるかどうかを事案に即して論ずることが求められる。なお、上記のとおりの運用により定まる報酬の額の範囲内で、Aが、役職の変動に伴う報酬の減額に同意していたと認められるとすれば、Aの報酬の額を減額する旨の定例取締役会の決議の後であっても、Aは、甲社に対し、その運用により定まる月額50万円の報酬を請求することができることとなろう。
設問2⑴においては、取締役は、いつでも、かつ、事由のいかんを問わず、株主総会の決議によって解任することができる(会社法第339条第1項)が、会社は、その解任について正当な理由がある場合を除き、任期満了前に取締役を解任したときは、取締役に対し、解任によって生じた損害を賠償しなければならない(同条第2項)ことを理解していることが前提となる。その上で、Aが、事業の海外展開を行うために必要かつ十分な調査を行い、その調査結果に基づき、事業の海外展開を行うリスクも適切に評価していたことから、このような経営判断に基づいた海外事業の失敗が、正当な理由に含まれるかどうかについて、会社法第339条第2項の趣旨や「正当な理由」の意義も踏まえつつ、説得的に論ずることが求められる。そして、このような海外事業の失敗が正当な理由に含まれないとする場合には、会社が取締役に対して賠償しなければならない損害の範囲ないし額について、Aの取締役としての任期が8年と長期間残っていたことをその減額要素として考慮することができるかどうかにも言及した上で、検討することも求められる。
設問2⑵においては、役員の解任の訴えについては、会社法上の公開会社でない株式会社の場合には、役員の職務の執行に関し不正の行為等があったにもかかわらず、当該役員を解任する旨の議案が株主総会において否決されたときに、総株主(当該役員を解任する旨の議案について議決権を行使することができない株主及び当該請求に係る役員である株主を除く。)の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主(当該役員を解任する旨の議案について議決権を行使することができない株主及び当該請求に係る役員である株主を除く。)又は発行済株式(当該株式会社である株主及び当該請求に係る役員である株主の有する株式を除く。)の100分の3以上の数の株式を有する株主(当該株式会社である株主及び当該請求に係る役員である株主を除く。)が、当該株主総会の日から30日以内に提起することができること(会社法第854条第1項、第2項)を説明することが求められる。
また、役員の解任の訴えについては、会社及び当該役員を被告とすること(会社法第855条)や、本問においては、代表取締役Bが株主として甲社及び取締役Aを被告として役員の解任の訴えを提起することとなるため、監査役が甲社を代表すること(会社法第386条第1項第1号)、役員の解任の訴えは、会社の本店の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に専属すること(会社法第856条)を説明することも期待される。
その上で、役員の解任を議題として招集された株主総会が定足数を満たさずに流会となった場合において、役員の解任の訴えを提起することができるかどうかについて、会社法第854条第1項に規定する「当該役員を解任する旨の議案が株主総会において否決されたとき」の意義を役員の解任の訴えの制度の趣旨等に照らして解釈するなどしながら、説得的に論ずるとともに、会社資金の流用という役員の職務の執行に関し不正の行為等があったと認められることに言及することが求められる。
設問3においては、取締役は、株式会社に対し、その任務を怠ったこと(任務懈怠)によって生じた損害を賠償する責任を負うこと(会社法第423条第1項)や、任務懈怠責任は、取締役の株式会社に対する債務不履行責任の性質を有するため、任務懈怠、会社の損害、任務懈怠と損害との間の因果関係に加え、取締役の帰責事由が必要であること(会社法第428条第1項参照)について理解していることが前提となる。そして、大会社である取締役会設置会社においては、取締役会は、内部統制システムの整備を決定しなければならず(会社法第362条第5項、第4項第6号)、善管注意義務(会社法第330条、民法第644条)及び忠実義務(会社法第355条)の一内容として、取締役は、取締役会において、会社が営む事業の規模や特性等に応じた内部統制システムを決定する義務を負い、代表取締役等は、取締役会の決定に基づいて、事業の規模等に応じた内部統制システムを構築して運用する義務を負うことについて、的確に論ずることが求められる。
その上で、まず、甲社について、その事業の規模や特性等に応じた内部統制システムが決定され、構築されているかどうかを事案に即して丁寧に検討することが求められる。
次に、構築された内部統制システムの運用については、C及びDのそれぞれに任務懈怠が認められるかどうかを事案に即して丁寧に検討することが求められる。Cに任務懈怠が認められるかどうかを検討するに当たっては、構築された内部統制システムを運用する際に、会社が営む事業の規模や特性等に応じた内部統制システムが外形上機能している場合には、他の役職員がその報告のとおりに職務を遂行しているものと信頼することができるかどうかについても、検討することが期待される。また、Dに任務懈怠が認められるかどうかを検討するに当たっては、これまで甲社において同様の不正行為が生じたことがなく、また、会計監査人からも不正行為をうかがわせる指摘を受けたことがなかったものの、本件通報は甲社の従業員の実名によるものであることなどの事情を踏まえた上で、本件通報があった旨の報告を受けていたDが、本件通報には信ぴょう性がないと考え、本件通報等の調査を指示しなかったことなどをどのように評価すべきかについても、具体的に検討することが期待される。
そして、任務懈怠及び帰責事由が認められるとする場合には、因果関係が認められる損害の範囲ないし額についても、検討することが求められる。なお、構築された内部統制システムの運用について、Dに任務懈怠があったと認められるとしても、本問において、Dは、平成27年3月末に本件通報があった旨の報告を受けており、甲社は、乙社に対し、同年4月末に残金合計3000万円を支払ったこと、他方で、Cの指示により甲社の法務・コンプライアンス部門が調査をした結果、2週間程度で、EとFが謀り、本件下請工事について不正行為をしていたことが判明したことからすれば、Dの任務懈怠との間で、当然に因果関係が認められる損害の範囲ないし額は、EとFが着服した5000万円の全額ではなく、甲社が乙社に対して同月末に支払った3000万円とすることが考えられよう。