本年は、犯罪予防目的の行動監視を想定した架空立法を素材に、基本的人権に関わる基本的な法理が予防的権力行使を前にした場合にどのような形で妥当するかを問うこととした。被侵害利益を憲法上の基本権として正確に構成し、その侵害を正当化し得べきものとして問題文中に示される規制目的の性質を読み解いた上で、適切な違憲審査枠組みを自ら設定し、具体的な規制態様に関わる関係事実の中から法的評価にとって重要な要素をより出し、具体的な審査過程を通じて適切な権利侵害性の評価に関する結論を得る、という過程を経た論述が必要になる。この点は近時の司法試験の出題と共通しており、本年の問題も基本的な狙いはこれまでの出題意図を踏襲している。ただ、近未来における予防的権力行使の事例が想定されていることとの関係で、判例や学説に関する知識だけでなく、基礎的な法理の内容や規範構造に関する理解と、そうした法理を応用する能力が試されることになる。
監視に関わる問題であることから、まず、公権力によって自らが所在する位置情報を強制的に収集されない権利をどのように構成するかが問われる。この権利は、判例に多く現れた「私生活をみだりに公開されない権利」としてのプライバシー権とは異質な構造を持つ。本問で侵害された権利を特定するためには、公権力による情報収集に対抗する意味におけるプライバシー権を組み立て、監視という権力的状況を意識化することによって監視対象者において生じる行動制限が実体的な自由の権利を害するという点をしっかり把握することが必要となる。
なお、被侵害利益という観点からは、警告・禁止命令(以下「禁止命令等」という。)という後の段階における直接の行動制限が生じ得る点も考察の対象となり得るが、ここでは具体的な禁止命令等の効力を争う段階ではないため、禁止命令等の可能性は単に先取り的な仮想論点であるに留まることに注意すべきである。また、本問の架空立法における身体的侵襲という設定はかなりショッキングなものであり、一読したところで違憲の印象をかき立てるかも知れない。しかし、問題文における限定を通じて「監視措置及びそのための身体的侵襲は刑罰か?」という問いから独立して正当化可能性それ自体を問う文脈に乗せた場合、身体的侵襲による被侵害利益を憲法のどの条項に位置付け、どの程度の保障を与えるかはかなり難しい点となるだろう。
次に、プライバシーや実体的な自由の権利という形で被侵害利益が特定されたとして、そうした権利侵害の正当化可能性を問うためにどのような違憲審査基準を設定するのかに関しても、判例・学説上の手掛かりは少ない。一般的には、本問における被侵害利益との関係で厳格な審査が当てはまると主張するのは容易ではなく、適切な違憲審査の土俵設定自体をどのように説明するのかについても、違憲審査基準一般に関する受験生の深い理解が問われることになる。具体的には、アメリカ型の議論にいう厳格審査なのか、厳格な合理性なのか、合理性審査なのか、何らかのモデルに基づく利益衡量的審査なのか、他方、ヨーロッパ型の議論にいう比例性審査なのかなど、様々な審査枠組みが提唱可能である。したがって、答案の評価は、どのような枠組みを採用したかという点よりも、どのような理由で審査基準の採用が説得的に説明されているかを軸に行われることになる。
この違憲審査基準を適用する際には、まず、本件規制にあっては、法による「既遂の行為に対する制裁」の威嚇を通じた伝統的な基本権制限が問題となっているのではなく、将来における害悪発生を予防するために現時点において個人の行為に制限を課す、いわゆる「規制の前段階化」と呼ばれる傾向の権力行使の憲法上の正当性が問われていることが問題となる。「被害が発生してからでは遅すぎる」という発想で、被害発生を不可能にすることを狙った公権力行使が行われるわけだが、それは、基本権保障との関係でどのように評価されるべきか。害悪の発生につながり得る行為を包括的に制限し得ると考える「予防原則」を、犯罪予防との関係でも採用し得るのか。伝統的な基本権保障の枠組みでは、もともと、権利行使の結果として害悪が発生する(ことが立証可能な)場合に限って権利制限が正当化されると考え、その限りにおいて権利保障が原則、権利制限が例外であると位置付けられるが、予防原則を全面的に採用した場合には、この原則・例外関係が逆転し、害悪発生の可能性だけで権利制限が広範に正当化されることになる。
なお、以上に述べた「予防原則」や「規制の前段階化」等の用語を表記することは解答上必須ではないが、本問規制の目的や、その目的がどの範囲における手段を正当化するかを考慮する際には、予防目的を掲げることによって国家の在り方に根本的な変容が生じることを見越した予防目的の位置付けが必要になる。ここまでの論証水準に到達することは容易ではないとしても、少なくとも、違憲論を唱えるならば「再犯は国家として予測可能であり、それを放置したことによって生じた被害に対して国はどのような責任の取り方ができるのか」という被害者側の視点を、他方、合憲論を採るならば「現行の犯罪防止システムでは一定範囲の再犯被害については妥協するという社会的決断が前提になっているのであり、潜在的な確率論的リスクによる概括的な正当化によっては過酷な監視措置の憲法上の許容性は基礎付けられない」という監視対象者側の視点を、それぞれ織り込むところまで掘り下げが行われているかどうかが、採点上の重要な分かれ目となる。
違憲審査基準の適用に当たって評価の対象となるのは、まず、自らの設定した違憲審査枠組みが正確かつ一貫した形で記述されているか否かである。さらに、被侵害利益ごとに、権利侵害の度合いを決定する事実や、当該権利制限が規制目的の達成に貢献する度合いを評価する上での重要な事実など、本問の事実関係の中で法的評価を行う際に比重の判定を行うべき事実要素が適切に取り上げられているかどうかも重要な採点基準となる。具体的には、問題文中で示され、かつ侵害度が高いものとされたブレスレット型という他の代替的規制手段の評価や、最長監視期間が20年と長期にわたることに対する評価などにおいて、多面的な侵害状況に対する信頼できる議論の展開が求められる。
配点については、〔設問1〕において原告の主張を、〔設問2〕において被告の主張を、それぞれ想定した上での私見の展開を求める形を採った。私見を重視したいという意図は昨年の問題を踏襲しているが、論点提示を〔設問1〕でまとめる形を採ることによって、〔設問2〕では自説の説明に集中することを期待したものである。