日本では、違法に収集された証拠だからといって、直ちに全ての証拠能力が否定されるわけではありません。 裁判所が、諸般の事情を総合的に考慮して、その証拠を採用するかどうかを判断します。この考え方を「相対的排除説」と呼び、日本の判例・実務で採用されています。
証拠能力が否定されるかどうかの判断基準は、最高裁判所の判例(特に最高裁昭和53年9月7日決定)によって示されており、以下の要素を比較衡量して決められます。
判断の枠組み:「違法性の程度」 vs 「真実発見の要請」
裁判所は、大きく分けて以下の2つの側面を天秤にかけます。
手続きの違法の程度: 捜査手続きの違法性がどれほど重大か。
真実発見の要請: その証拠が、事件の真相を解明するためにどれほど重要か。
そして、「手続きの違法性が重大で、将来の違法捜査を抑制するために、その証拠を排除することが相当と認められる場合」に、証拠能力が否定されます。
証拠能力が否定されやすいケース(違法性が重大と判断される場合)
以下のようなケースでは、手続きの違法性が重大であると評価され、証拠能力が否定される可能性が高くなります。
1. 令状主義を没却するような重大な違法がある場合
令状なく行われた住居への侵入、捜索、差押えなど、憲法で保障された令状主義の精神を根本から無視するような捜査によって得られた証拠は、排除される可能性が非常に高いです。
具体例:
裁判官の令状なしに、強制的に家宅捜索を行って発見した薬物。
最高裁が違法と判断した、令状のないGPS端末による捜査で得られた位置情報。
2. 個人の基本的人権を著しく侵害した場合
暴行や脅迫、長時間の不当な拘束など、個人の尊厳や身体の自由といった基本的な権利を著しく侵害する手段で得られた自白や証拠物は、排除される傾向にあります。
具体例:
暴行を加えて得られた自白。
違法な盗聴(通信の秘密の侵害)によって得られた会話の録音。
3. 意図的に違法な捜査(おとり捜査など)が行われた場合
捜査機関が、法律を意図的に無視・軽視して証拠収集を行ったと判断される場合、司法の廉潔性を保ち、将来の違法捜査を抑止する観点から、証拠能力が否定されやすくなります。
具体例:
犯意のない人物をそそのかして犯罪を実行させ、それを検挙する「犯意誘発型」のおとり捜査で得られた証拠。
証拠能力が肯定されやすいケース(違法性が軽微と判断される場合)
一方で、以下のようなケースでは、手続きに多少の瑕疵(かし)があっても、証拠の重要性が高く、違法性が軽微であると判断され、証拠能力が肯定されることがあります。
令状の記載ミス: 捜索差押令状に記載された捜索場所の地番に、軽微な誤記があった場合。
手続きの軽微な逸脱: 捜索時間のわずかな超過など、手続きの核心を害さない程度の逸脱。
緊急避難的な状況: 目の前で証拠が隠滅されようとしているなど、緊急やむを得ない状況下での行為。
派生証拠(毒樹の果実)の扱い
違法な手続きによって直接得られた証拠だけでなく、その違法な証拠をきっかけとして発見された二次的な証拠(派生証拠、いわゆる「毒樹の果実」)の証拠能力も問題となります。
これも一律に排除されるわけではなく、
元の手続きの違法性の程度
派生証拠が発見されるまでの経緯(時間的・場所的関係、別の適法な捜査の介在など)
などを考慮し、「元の違法性と派生証拠との間の関連性が希薄になっている」と判断されれば、証拠能力が認められることがあります。
まとめ
| 証拠能力が否定されやすい(違法性が重大) | 証拠能力が肯定されやすい(違法性が軽微) | |
| 違法性の内容 | ・令状主義を無視した捜索 ・差押え ・暴行、脅迫など基本的人権の著しい侵害 ・違法なGPS捜査、盗聴 ・意図的な違法捜査 | ・令状の軽微な記載ミス ・手続きの軽微な逸脱(時間超過など) ・緊急状況下での行為 |
| 判断のポイント | 将来の違法捜査を抑止する必要性が高い | 手続きの違法性が小さく、真実発見の要請が優先される |
このように、違法収集証拠の証拠能力が否定されるかどうかは、ケースバイケースで、司法による厳格な審査を経て判断される重要な法的問題です。