この二つの義務は、当事者主義(弁論主義)を基本とする日本の民事訴訟において、裁判を公正かつ適正に進めるために裁判所に課された、いわば「舵取り」の役割です。当事者の主張・立証にすべてを委ねるだけでは、不十分であったり、思わぬ方向で判決が下されたりする不都合を避けるために存在します。


1. 釈明義務(しゃくめいぎむ)とは

釈明義務は、裁判所が持つ釈明権(民事訴訟法第149条)の行使が、特定の場面で「義務」となるものを指します。

民事訴訟法第149条(釈明権等)

  1. 裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。

目的: 当事者の主張・立証を明確にし、訴訟関係を明瞭にすること
当事者の主張に、不明瞭な点、矛盾した点、不十分な点がある場合に、裁判所が質問をしたり、証拠の提出を促したりして、争点を整理し、審理を円滑に進めることを目的とします。
具体例:
単純な不明瞭の解消:
「A不動産」と主張しているが、どの不動産を指すか不明確な場合に特定を求める。「契約日時はいつですか?」
矛盾の指摘:
一方では「契約は無効だ」と主張し、他方では「契約に基づいて代金を支払った」と主張している矛盾を指摘する。
主張・立証の促進(積極的釈明):
当事者が重要な事実や法的な主張に気づいていないように見える場合、その主張や立証を促す
例:貸金の返還を求める裁判で、被告が返済の事実を具体的に主張しないものの、提出された証拠から返済の可能性がうかがえる場合に、裁判所が「返済について主張しますか?」と確認を促す。
義務となる場合: 釈明権の行使は裁判所の権限ですが、その不行使が著しく正義に反する場合には「義務」となります。特に、当事者が誤解や不注意により、勝訴につながるはずの重要な主張・立証を怠っていることが明らかな場合には、釈明義務違反として、上級審で判決が取り消されることがあります。
釈明義務は、いわば当事者の言い分(主張・立証)を整理し、足りない部分を補う手助けをするイメージです。


2. 法的観点指摘義務(ほうてきかんてんしてきぎむ)とは

法的観点指摘義務は、判例法理によって確立された、より新しい概念です。
目的: 当事者にとって「不意打ち」となる判決を防ぐこと 裁判所が、当事者が訴訟で全く主張・議論してこなかった、予想外の法律構成(法的観点)に基づいて判決を下そうとする場合に、事前にその法的観点を当事者に示し、それに対する意見や主張・立証を提出する機会を与えなければならない、という義務です。
具体例:
原告が「売買契約に基づく代金支払い」を請求していた裁判で、当事者は「契約が成立したか否か」を争っていた。しかし、裁判所は「契約は成立していないが、被告の行為は不法行為にあたるため、損害賠償義務を負う」という心証を抱いた。
この場合、「不法行為」という法的観点は当事者にとって予想外(不意打ち)です。被告は不法行為の成立を争う反論の機会を与えられていません。
そこで裁判所は、「この件を不法行為という観点から審理する可能性も考えられますが、これについて何か主張はありますか?」と両当事者に指摘し、議論を促す義務があります。
根拠: 当事者の手続保障(憲法32条)や、公正な裁判の理念に基づきます。たとえ裁判所が法的に正しい結論に至ったとしても、その過程で当事者に十分な攻撃防御の機会が与えられなければ、公正な裁判とはいえません。
法的観点指摘義務は、裁判所が考えている「土俵(法律構成)」を当事者に開示し、その土俵で戦う機会を保障するイメージです。


釈明義務と法的観点指摘義務の比較と違い

両者は、弁論主義を修正・補充し、当事者の手続を保障するという点で共通していますが、その動機(トリガー)と焦点に明確な違いがあります。

釈明義務法的観点指摘義務
動機・きっかけ当事者の主張・立証に不明瞭・不十分な点があること。裁判所の心証形成の過程で、当事者が予想しない法律構成を適用しようとすること。
焦点事実関係法律構成の両方。<br>(主張内容の明確化が中心)**法律構成(法的観点)が中心。<br>(新たな「土俵」の提示)
目的訴訟関係を明瞭にし、審理を円滑に進めること。<br>当事者の主張立証活動を補助**すること。当事者への**「不意打ち」を防止**し、手続的公正を保障すること。
弁論主義との関係弁論主義を実質化・補充する役割。<br>(当事者が適切に主張立証できるよう手助けする)弁論主義の**弊害(不意打ち)を防ぐ**ためのセーフガード。<br>(新たな法的観点での弁論を促す)

分かりやすく言うと…

釈明義務は、「あなたの話は少し分かりにくいので、もう少し詳しく説明してください。この点について証拠はありますか?」と、当事者のプレゼンテーションを手助けする役割です。
法的観点指摘義務は、「皆さんはAというルールで争っていますが、私はBというルールで判断するかもしれません。Bのルールについて、何か言いたいことはありますか?」と、審判(裁判官)が採用しようとしているルールを事前に知らせる役割です。

まとめ

釈明義務と法的観点指摘義務は、ともに民事訴訟における「適正・公平・迅速」な紛争解決を実現するための重要な仕組みです。釈明義務は当事者の主張内容を明確にするための「補助的」な役割が強いのに対し、法的観点指摘義務は裁判所の判断の枠組みそのものを事前に開示することで、当事者の防御権を保障する「手続的公正」の要請から生まれた義務であるという点に、その本質的な違いがあります。

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