弁論主義の適用を受ける事実
日本の民事訴訟における弁論主義とは、判決の基礎となる事実と証拠の収集・提出を当事者(原告・被告)の権能かつ責任とする建前のことをいいます。裁判所は、当事者が主張していない事実を判決の基礎にしたり、職権で証拠を探したりすることは原則としてできません。
この弁論主義がどの「事実」に適用されるかについては、事実の種類によって適用の度合いが異なります。
1. 主要事実(しゅようじじつ)
弁論主義が最も厳格に適用されるのが「主要事実」です。
内容: 権利の発生・変更・消滅という法律効果を判断するために、法律要件に直接該当する具体的事実を指します。
具体例(貸金返還請求訴訟の場合):
権利発生の主要事実(原告が主張・立証):
金銭消費貸借契約を締結したこと(例:「2024年4月1日に、被告に対し100万円を貸す合意をした」)
金銭を交付したこと(例:「同日、被告に100万円を渡した」)
権利消滅の主要事実(被告が主張・立証):
弁済したこと(例:「2025年3月31日に、原告に100万円を返済した」)
消滅時効が完成したこと
弁論主義の適用:
主張責任: 当事者が主張しない主要事実は、たとえ証拠によってその存在が推測されたとしても、裁判所は判決の基礎とすることができません。(弁論主義の第1テーゼ)
例:被告が「借りた覚えはない」とだけ主張し、「返済した」と主張していない場合、裁判の過程で返済をうかがわせる証拠(領収書など)が出てきても、裁判所は返済の事実を認定できません。
自白の拘束力: 当事者の一方が主張した主要事実を、相手方が認める(自白する)と、その事実は証明が不要となり、裁判所もその判断に拘束されます。(弁論主義の第2テーゼ)
2. 間接事実(かんせつじじつ)
主要事実の存在を推認させる(間接的に証明する)事実です。
内容: 主要事実の存在・不存在を推測するための材料となる事実。
具体例(貸金返還請求訴訟の場合):
主要事実「金銭を交付した」を推認させる間接事実:
被告が借用書を作成したこと。
原告の預金口座から100万円が引き出されていること。
被告が「近々お金を返す」と第三者に話していたこと。
弁論主義の適用:
主要事実に比べて、弁論主義の適用は緩やかです。
当事者が提出した証拠資料から、裁判所が自由な心証に基づいて間接事実を認定し、そこから主要事実の存否を判断することが認められています。当事者が個々の間接事実を明確に主張していなくても、証拠から認定することが可能です。
3. 補助事実(ほじょじじつ)
証拠の証明力を左右する事実です。
内容: 証拠(証言や書類など)がどの程度信用できるかを判断するための事実。
具体例:
証人が原告の親族であり、利害関係があること。
契約書に押された印鑑が、被告の実印であること。
証人が過去に偽証罪で有罪判決を受けたことがあること。
弁論主義の適用:
原則として適用されません。
裁判所は、職権で証拠の証明力に関する調査(証拠調べ)を行うことができ、当事者の主張に縛られずに自由な心証で証拠の価値を判断します(自由心証主義)。
まとめ
弁論主義の適用関係をまとめると、以下のようになります。
| 事実の種類 | 内容 | 弁論主義の適用 |
| 主要事実 | 権利の発生・消滅に直接関わる事実 | 厳格に適用される |
| 間接事実 | 主要事実の存在を推認させる事実 | 緩やかに適用される |
| 補助事実 | 証拠の証明力に関する事実 | 原則として適用されない |
弁論主義の適用が排除される事項
上記とは別に、公益的な要請から弁論主義が適用されず、裁判所が職権で調査しなければならない事項があります。これを職権調査事項といいます。
例:
裁判所の管轄権の有無
当事者が訴訟を行う能力(当事者能力、訴訟能力)の有無
訴えの利益の有無
これらの事項については、当事者の主張がなくても、裁判所自らが調査して判断する必要があります。