交通事故や医療過誤などによって後遺症が残った場合、その損害賠償請求は、原則として一度の訴訟(または示談)で将来にわたって生じるすべての損害を請求し、解決を図るべきとされています(損害全部賠償の原則)。
しかし、最初の損害賠償請求(前訴訟または示談)の時点では予測できなかった後遺症が新たに発生したり、既存の後遺症が著しく悪化したりする場合があります。このような場合に、被害者救済の観点から、例外的に損害の追加請求を認めるのが判例の考え方です。
その際の判例における論理構成は、以下のようになっています。

1. 原則:一回的解決の要請

まず、判例は、紛争の蒸し返しを防ぎ、法的安定性を確保する観点から、損害賠償請求は一度の機会にすべての損害を請求すべきであるという原則に立ちます。したがって、一度確定した判決や成立した示談の効力は、原則としてその後発生した損害にも及ぶと考えられています。

2. 例外:追加請求を認めるための要件

上記原則に対する例外として、追加請求を認めるために、判例(特に最高裁判所の判例)は、以下の厳格な要件を満たす必要があるとしています。

要件①:予測可能性の欠如

これが最も重要な要件です。前回の訴訟の口頭弁論終結時(または示談成立時)において、その後に発生・悪化した後遺症による損害が、当事者(特に被害者側)にとって予測不可能であったことが求められます。
「予測不可能」の基準:
単に可能性があったというだけでは足りません。
当時の医学的知見に基づき、その症状の発生や悪化が具体的に予見できなかったといえるレベルが必要です。
例えば、症状固定時には想定されていなかった全く別の部位に後遺症が現れた場合や、後遺障害等級が大幅に上がるほど症状が著しく悪化し、それが医学的に見て異例の経過であった場合などが該当し得ます。

要件②:別個独立の新たな損害であること

予測不可能であった後遺症によって生じた損害が、前回の訴訟等で賠償の対象となった損害とは質的・量的に異なり、別個の新たな損害と評価できることが必要です。
前回の賠償は、あくまで「予測可能な範囲の将来損害」を填補したに過ぎないと考えます。
したがって、予測不可能な事態によって生じた損害は、前回の賠償の範囲に含まれない「新たな損害」であると法的に評価し、その部分について追加の請求権を認めるという論理です。

要件③:請求権放棄の意思がないこと

特に示談の場合に問題となりますが、前回の示談交渉において、将来発生しうるあらゆる損害について請求権を放棄する旨の明確な合意(いわゆる請求権放棄条項)がないことが必要です。ただし、予測不可能な損害についてまで権利を放棄する意思があったと認定されることは、通常は限定的に解釈されます。

3. 代表的な判例の論理

この論理構成を確立した代表的な判例として、最高裁判所昭和42年7月18日判決が挙げられます。この判決は、交通事故による損害賠償請求訴訟の判決が確定した後に、被害者の症状が悪化して死亡するに至った事案で、死亡による損害賠償請求(追加請求)を認めました。
その論理は以下の通りです。
前訴訟で請求された損害は、あくまで「傷害」による損害である。
前訴訟の口頭弁論終結時において、被害者がその後の傷害の悪化により「死亡」することまでは予測できなかった。
したがって、前訴判決の効力は、予測不可能であった「死亡」による損害には及ばず、遺族は死亡による損害(逸失利益や慰謝料)を新たに請求することができる。

4. 追加請求権の時効

追加請求が認められる場合、その請求権にも消滅時効があります。時効の起算点は、原則として「新たな損害の発生を被害者が知った時」からとなります(民法第724条の21)。つまり、予測できなかった後遺症が新たに発生し、それによる損害が生じたことを認識した時から、新たに時効期間が進行します。

まとめ

後遺症による損害の追加請求に関する判例の論理構成は、「紛争の一回的解決」という原則を立てつつ、「予測可能性」を基準として、被害者にとって酷な結果とならないよう、例外的に「新たな損害」の発生を認めて追加請求を許容するという、バランスの取れた枠組みであるといえます。
この論理に基づき、個別の事案において、後遺症の発生・悪化が本当に予測不可能であったかどうかが、訴訟における最大の争点となります。

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