訴訟における「既判力(きはんりょく)」とは、確定した終局判決が持つ効力の一つで、一度確定した判断について、当事者や裁判所は後の別の裁判で蒸し返して争うことができなくなる、という非常に重要な効力です。これは、紛争の終局的な解決を図るための制度です。
この既判力は、原告が提起する「本訴」の判決だけでなく、被告が同じ手続きの中で原告を訴え返す「反訴」の判決にも同様に生じます。以下では、本訴と反訴それぞれの既判力の内容と、両者の関係について詳しく解説します。
既判力の基本:何に、誰に、いつまで及ぶのか
まず、既判力の基本的な効力範囲を理解することが重要です。
| 範囲 | 内容 |
| 客観的範囲 | 判決の主文に示された判断(訴訟物に対する判断)にのみ生じます(民事訴訟法第114条1項)。判決理由中の判断には原則として既判力は生じません。 |
| 主観的範囲 | 原則として、その訴訟の当事者間でのみ効力を持ちます(民事訴訟法第115条1項1号)。第三者には及ばないのが原則です。 |
| 時的範囲 | その裁判の事実審の口頭弁論終結時までに提出できた事実関係についての判断に及びます。この基準時より後に発生した事由については、既判力は及びません。 |
本訴判決の既判力
原告が被告に対して起こした訴え(本訴)で判決が確定した場合、その主文に示された権利関係の存否について既判力が生じます。
例: 原告Aが被告Bに対し「貸した100万円を返せ」という貸金返還請求訴訟(本訴)を起こしたとします。
認容判決(Aの勝訴)が確定した場合:
「BはAに100万円を支払え」という判決が確定すると、「AはBに対して100万円の貸金債権を持つ」という判断に既判力が生じます。
Bは、後の裁判で「そもそも借りていない」とか「口頭弁論終結時より前にすでに返済した」といった主張をすることはできません。
- 棄却判決(Aの敗訴)が確定した場合:
「Aの請求を棄却する」という判決が確定すると、「AはBに対して100万円の貸金債権を持たない」という判断に既判力が生じます。
Aは、再び同じ理由でBに100万円の返還を求める訴訟を起こすことはできません。
反訴判決の既判力
反訴は、本訴の手続きに併合して審理される独立した訴えです。そのため、反訴に対して下された判決にも、本訴判決と同様に既判力が生じます。
例(上記の続き): Aからの貸金返還請求訴訟(本訴)に対し、被告Bが「Aに売った絵画の代金150万円が未払いだ」として、売買代金請求の反訴を提起したとします。
反訴認容判決が確定した場合:
「AはBに150万円を支払え」という反訴判決が確定すれば、「BはAに対して150万円の売買代金債権を持つ」という判断に既判力が生じます。
Aは、後の裁判で「絵は買っていない」とか「すでに代金は支払った」といった、口頭弁論終結時以前の事由を主張することはできなくなります。
本訴と反訴の既判力の相互関係
本訴と反訴は、同一の手続きで審理されるため、その判決の既判力は相互に影響を及ぼします。前訴(本訴または反訴)の判決の既判力は、後訴においてその判断が前提問題となる場合(先決関係)や、矛盾する判断を禁じる(矛盾関係)形で作用します。
これにより、両方の判決内容が食い違うといった事態を防ぎ、統一的な紛争解決を図ることができます。
【重要】相殺の抗弁と既判力の例外
既判力は原則として判決主文にのみ生じますが、極めて重要な例外があります。それが相殺の抗弁に関する判断です(民事訴訟法第114条2項)。
被告が、原告の請求に対して「自分も原告に対して債権を持っているから、それで相殺する」と主張することを「相殺の抗弁」といいます。この相殺の抗弁で主張された債権(反対債権)の存否についての裁判所の判断には、「相殺をもって対抗した額」の範囲で既判力が生じます。
これは、判決理由中の判断であるにもかかわらず、既判力が認められる例外的なケースです。
例: 原告Xが被告Yに「貸した100万円を返せ」と提訴(本訴)。 被告Yが「Xに商品を売った100万円の売掛金債権があるから、それで相殺する」と相殺の抗弁を提出したとします。
裁判所がYの売掛金債権を認め、相殺を認容した場合(Xの請求棄却):
XのYに対する貸金債権は、Yの売掛金債権と相殺されて消滅した、という判断になります。
このとき、「YのXに対する100万円の売掛金債権は、相殺によって消滅し、現在は存在しない」という判断に既判力が生じます。
裁判所がYの売掛金債権は存在しないと判断し、相殺を排斥した場合(Xの請求認容):
「YのXに対する100万円の売掛金債権は存在しない」という判断に既判力が生じます。
Yは、後にこの売掛金の支払いを求めてXを訴えることはできません。
このように、本訴と反訴の既判力は、紛争の蒸し返しを防ぎ、一度なされた司法判断の通用性を確保するための重要な効力です。特に、反訴や相殺の抗弁が提出された複雑な訴訟においては、どの判断にどのような既判力が生じるのかを正確に理解しておくことが不可欠となります。