不動産の所有者であるXから当該不動産の賃貸に係る事務や他の土地の所有権移転登記手続を任せられていた甲が,Xから交付を受けた当該不動産の登記済証,印鑑登録証明書等を利用して当該不動産につき甲への不実の所有権移転登記を了した場合において,Xが,合理的な理由なく上記登記済証を数か月間にわたって甲に預けたままにし,甲の言うままに上記印鑑登録証明書を交付した上,甲がXの面前で登記申請書にXの実印を押捺したのにその内容を確認したり使途を問いただしたりすることなく漫然とこれを見ていたなど判示の事情の下では,Xには,不実の所有権移転登記がされたことについて自らこれに積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重い帰責性があり,Xは,民法94条2項,110条の類推適用により,甲から当該不動産を買い受けた善意無過失のYに対し,甲が当該不動産の所有権を取得していないことを主張することができない。
類推適用法理の必要性
⇒ 条文の文言を形式的に適用するだけでは救済されない善意の第三者を保護し、現代社会における円滑で安全な取引を実現するために、判例が築き上げてきた非常に重要な解釈論
原則
⇒ 民法94条(虚偽表示)
- 1項: 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
- 2項: 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
これは「虚偽表示」に関する規定です。例えば、Aさんが借金の差し押さえを逃れるために、友人のBさんと口裏を合わせて、本当は売るつもりがない土地をBさんに売ったかのように見せかけ、登記をBさん名義に移すようなケースです。
- AさんとBさんの間の売買契約は無効です(1項)。
- しかし、Bさんが自分名義になっているのをいいことに、事情を知らない(=善意の)Cさんにその土地を売却してしまった場合、Aさんは「あの売買は嘘だったから無効だ」とCさんに主張して土地を取り戻すことはできません(2項)。
これは、嘘の登記(外観)を信じて取引に入ったCさんを保護するための規定です。
⇒ 民法110条(権限外の行為の表見代理)
- 代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときは、本人は、その行為について、その責任を負う。
これは「表見代理」の一つです。例えば、AさんがBさんに対して「土地の賃貸に関する代理権」だけを与えていたにもかかわらず、Bさんがその権限を越えて、Aさんの代理人としてCさんに土地を売却してしまったようなケースです。
このとき、Cさんが「Bさんには売却権限もある」と信じることに**もっともな理由(正当な理由)**があれば、AさんはCさんに対して売主としての責任を負わなければなりません。
これも、代理権があると信じた第三者を保護するための規定です。
例外 ⇒ 94条2項の類推適用場面
94条の本来の姿である「AとBの通謀(口裏合わせ)」がない場合でも、Aが自ら、あるいはAの事情によって、Bが権利者であるかのような虚偽の外観(例:B名義の登記)を作り出し、それを信じた第三者Cが現れた場面に適用されます。
典型例: Aが、何らかの理由で自分の不動産の登記をB名義にしておくことを承諾した。Bが、その登記を悪用し、事情を知らないCに不動産を売却した。
⇒ 要件
- 虚偽の外観の存在: 権利関係の実態と異なる外観(例:他人名義の登記、他人名義の預金通帳など)が存在すること。
- 本人の帰責事由: その虚偽の外観が作り出されたことについて、真の権利者(本人A)に責任があること。(自ら積極的に作り出した場合だけでなく、他人が作っているのを知りながら放置した場合も含まれる)
- 第三者の信頼(善意): 第三者Cが、その虚偽の外観を真実のものと信じ、かつ、そう信じたことについて過失がないこと(判例では善意であれば足りるとされることが多い)。
⇒ 効果
真の権利者Aは、虚偽の外観を信じた善意の第三者Cに対して、権利の不存在を主張できません。結果として、Cは有効に権利を取得することができます。
例外 ⇒ 110条の類推適用場面
110条の本来の姿である「基本的な代理権」が全く存在しない場合でも、本人が他人に代理権を与えたかのような外観を作り出し、それを信じた第三者がその他人と取引をした場面に適用されます。
典型例: Aが、Bに白紙委任状や実印・印鑑証明書のセットを預けていたところ、Bがそれらを悪用してAの代理人と称し、Cとの間で契約を結んだ。
⇒ 要件
- 代理権授与表示に類する外観の存在: 本人が他人に代理権を与えたかのような外観(肩書の使用を許す、実印・重要書類を預けるなど)が存在すること。
- 本人の帰責事由: 本人が自らの行為によって、その外観を作り出していること。
- 第三者の信頼(正当な理由): 第三者Cが、相手方に代理権があると信じることについて「正当な理由」があること。(善意無過失であることが求められる)
⇒ 効果
本人Aは、無権代理人Bが行った行為について、契約上の責任を負わなければなりません。
両者の違いと関係性のまとめ
| 94条2項類推適用 | 110条類推適用 | |
|---|---|---|
| 第三者の認識 | Bを**真の権利者(本人)**だと信じる | BをAの代理人だと信じる |
| 虚偽の外観 | 権利そのものの帰属に関する外観(所有権など) | 代理権の存在に関する外観 |
| ベースとなる考え方 | 権利外観法理(静的安全より取引の安全を優先) | 権限踰越の表見代理の考え方の拡張 |
| 第三者の要件 | 主に善意 | 正当な理由(善意無過失) |
どちらを適用するかは、第三者Cが、取引の相手方Bを「本人そのもの」と信じたのか、それとも「本人の代理人」と信じたのかによって区別