日本の刑事裁判において、「訴因(そいん)の変更請求」とは、検察官が公判の途中段階で、起訴状に記載した犯罪事実(訴因)や適用法条を、一定の範囲内で変更するよう裁判所に求める手続きです。これは、公判の審理が進む中で、当初の訴えの内容が、証拠によって明らかになった事実と異なってきた場合などに、裁判の対象を現実に即したものに修正し、適正な裁判を実現するために重要な役割を果たします。
訴因変更の目的と必要性
刑事裁判は、検察官が起訴状で提示した「訴因」を審判の対象とします。これを訴因主義と呼びます。裁判所は、訴因として挙げられていない事実について、原則として有罪判決を下すことはできません。
しかし、捜査段階で収集した証拠に基づいて作成された起訴状の訴因と、公判での証人尋問や証拠調べを経て裁判所が心証を抱いた事実とが、完全に一致するとは限りません。例えば、当初は傷害罪で起訴したものの、証拠から殺意が認められると判断された場合や、単独犯として起訴した被告人が、実は共犯者と共同で犯行に及んでいたことが判明する場合があります。
このような場合に、訴因の変更を認めずに当初の訴因のみで審理を続けると、以下のような問題が生じます。
- 真実の発見の阻害: 裁判所が有罪の心証を得ても、訴因と異なるという理由だけで無罪判決を下さざるを得ない場合があり、真実発見という刑事裁判の目的が達成できなくなります。
- 不適切な処罰: 本来であればより重い罪で処罰されるべき、あるいは異なる犯罪類型で評価されるべき事案が、当初の訴因の範囲内でしか判断されず、適切な刑罰が科されない可能性があります。
そこで、刑事訴訟法は、検察官に訴因の変更を請求する権限を与え(刑事訴訟法第312条第1項)、裁判の対象を実体的な真実に近づけることを可能にしています。
訴因変更の要件と限界:「公訴事実の同一性」
訴因の変更は無制限に認められるわけではありません。被告人の防御権を不当に害することを防ぐため、訴因の変更は「公訴事実の同一性(こうそじじつのどういつせい)を害しない限度」においてのみ許されます。
「公訴事実の同一性」とは、変更前の訴因と変更後の訴因が、その基礎となる社会的な事実関係において、本質的に同一であると評価できることを意味します。この判断は、一般的に「基本的事実同一性説」に基づいて行われます。具体的には、以下の要素を総合的に考慮して判断されます。
- 日時・場所: 犯罪が行われた日時や場所の近接性。
- 行為態様・手段・客体: 犯罪の具体的な方法や対象。
- 罪質: 犯罪の性質(例:窃盗と強盗など)。
判例上、旧訴因と新訴因が非両立的・択一的関係(一方が成立すれば他方は成立しない関係)にある場合は、基本的事実関係が共通していると推認され、公訴事実の同一性が認められやすい傾向にあります。例えば、「Aに対する殺人罪」と「Bに対する殺人罪」への変更は同一性が否定されますが、「Aに対する殺人罪」と「Aに対する傷害致死罪」への変更は、同一性が肯定されるのが通常です。
この「公訴事実の同一性」という要件は、被告人が全く別個の事件で不意に訴追されることを防ぎ、防御の範囲を予測可能にするための重要な制限です。
訴因変更の手続き
訴因変更は、以下の手続きに沿って行われます。
- 検察官による請求: 検察官が「訴因変更請求書」という書面を裁判所に提出します。
- 被告人への送達: 裁判所は、請求書の謄本を被告人に送達しなければなりません。
- 裁判所の許可: 裁判所は、請求が「公訴事実の同一性」を害しないと認める場合、決定をもって訴因の変更を許可します。
- 公判手続の停止(被告人の防御権の保障): 訴因の変更によって、被告人の防御に実質的な不利益が生じるおそれがある場合、裁判所は、被告人または弁護人の請求により、被告人が十分な防御の準備をするために必要な期間、公判手続を停止しなければなりません(刑事訴訟法第312条第4項)。これにより、被告人が新たな訴因に対して反論や証拠提出の準備をする機会が保障されます。
裁判所の役割:訴因変更命令
検察官が訴因変更の請求をしない場合でも、裁判所が審理の状況から訴因を変更すべきであると判断することがあります。このような場合、裁判所は検察官に対して訴因の変更を促す「釈明(しゃくめい)」を求めることができます。
さらに、検察官が釈明に応じない場合、裁判所は訴因の変更を「命令」することができます(刑事訴訟法第312条第2項)。ただし、この命令には法的な拘束力(形成力)はないと解されています。つまり、検察官が裁判所の命令に従わなくても、訴因が自動的に変更されるわけではありません。検察官が命令を拒否した場合、裁判所は当初の訴因に基づいて判決を下すことになり、その結果として証拠不十分で無罪となる可能性もあります。
これは、あくまで訴追の権限は検察官にあるという当事者主義の原則と、真実発見の要請とのバランスをとった制度設計であると言えます。
まとめ
訴因の変更の請求は、刑事裁判の審理の過程で明らかになった事実に合わせて、裁判の対象を柔軟に設定し直すための重要な手続きです。これは、真実発見と適正な刑罰の実現に資する一方で、「公訴事実の同一性」という厳格な要件と、被告人の防御権を保障するための手続き(公判手続の停止など)によって、被告人の利益が不当に害されることのないようバランスが図られています。