行為者が意図したよりも早い段階で犯罪結果が発生してしまった場合、これを「構成要件の実現が早すぎた場合」または「早すぎた結果発生」と呼びます。これは刑法における因果関係の錯誤の一類型として議論され、特に実行の着手時期と既遂罪が成立するかどうかが重要な論点となります。
具体例
この問題が典型的に現れるのは、以下のような複数の行為が計画されているケースです。
- 事例: 犯人が、被害者をまず殴って気絶させ(第1行為)、その後に海に捨てて溺死させよう(第2行為)と計画していた。しかし、最初の殴打が想定以上に強く、被害者はその場で死亡してしまった。
この場合、犯人の計画では第2行為で死亡結果を発生させるつもりでしたが、実際には第1行為の段階で結果が発生しています。
実行の着手時期
犯罪の実行に着手したといえるためには、「構成要件に該当する現実的危険性を含んだ行為」を開始したことが必要です。
「早すぎた結果発生」の事案では、第1行為の時点で実行の着手が認められるかどうかが問題となります。判例(後述のクロロホルム事件)では、第2行為で結果を発生させる計画であっても、その前提となる第1行為が結果発生の危険性を有し、一連の計画の中で不可欠な部分をなしている場合、第1行為の開始時点で実行の着手を認める傾向にあります。
先の事例で言えば、被害者を殴る行為(第1行為)は、その後の殺害(第2行為)と一連の計画をなしており、殴打行為自体が生命に対する危険な行為であるため、この時点で殺人罪の実行の着手が認められる可能性が高いです。
既遂罪の成否
第1行為の時点で意図せず結果が発生した場合に、既遂罪が成立するかについては、見解が分かれています。
判例の立場(既遂罪成立を肯定)
最高裁判所は、いわゆるクロロホルム事件(※)において、殺人既遂罪の成立を認めました。
※クロロホルム事件(最決平成16年3月22日) 被告人が、被害者をクロロホルムを嗅がせて昏睡させた上、海中に投棄して殺害することを計画。しかし、クロロホルムを吸引させる段階で、被害者が窒息死してしまった事案。
判例は、第1行為(クロロホルムの使用)と第2行為(海への投棄)が、一連の行為として一体のものと評価できることを重視しました。その上で、
- 行為者の計画全体を見れば、当初から確定的な殺意があったこと
- 第1行為が結果発生(死亡)の現実的な危険性を有していたこと
- 実際に発生した因果経過(第1行為による死亡)が、行為者が想定した因果経過(第2行為による死亡)と大きくかけ離れているものではないこと
などを理由に、第1行為と死亡結果との間の因果関係を肯定し、殺人既遂罪の成立を認めました。この考え方は、行為者の計画全体を包括的に評価し、その計画内の行為によって結果が発生した以上、その故意(意図)は実現されたとみるものです。
学説の状況
学説では、判例と同様に既遂罪の成立を認める見解が有力ですが、異なる考え方もあります。
| 見解 | 内容 | 結論の例(殴打・溺死事例) |
| 既遂罪説(判例・通説) | 第1行為と結果との因果関係を肯定し、因果経過の錯誤は故意の範囲内と評価する。行為者の計画全体を「概括的故意」として捉える。 | 殺人既遂罪が成立する。 |
| 未遂罪説 | 第1行為はあくまで殺人の準備段階(未遂)であり、それによって意図せず結果が発生したにすぎない。故意と結果の因果関係が断絶していると考える。 | 殺人未遂罪と過失致死罪が成立する(観念的競合)。 |
まとめ
「構成要件の実現が早すぎた場合」について、判例は一連の行為を一体的に評価し、当初の計画や確定的な殺意を重視して、既遂罪の成立を広く認める傾向にあります。実行の着手は、結果発生に不可欠な危険な行為(第1行為)を開始した時点に認められます。これに対し、学説上は未遂罪にとどまるとする見解も存在し、議論のある論点です。