学生の甲と乙が深夜繁華街を歩いていたところ、一見してやくざ風のAが、甲に因縁をつけ、甲の胸ぐらをつかんで付近の路地に引っ張り込み、ナイフを甲に突き付けた。甲と乙は、身の危険を感じ、こもごもAの顔面を殴って路上に転倒させ、ナイフを奪い、これを遠くに投げ捨てた。甲はその場から逃げようとしたが、乙は、Aが転倒したまま「待ちやがれ。」と怒鳴って右手で上着のポケットを探っているのを見て、Aがまた刃物を取り出そうとしているものと勘違いし、Aの腹部を数回力まかせに蹴りつけた。その間、甲は、乙の制止することなく、黙って見ていた。Aは、乙の暴行により、すい臓破裂の傷害を負って死亡した。
甲及び乙の罪責を論ぜよ。
答案骨子
甲乙の罪責を分析するに当たっては、甲乙それぞれの行為や侵害された法益等に着目した上で、どのような犯罪の成否が問題となるのかを判断し、各犯罪の構成要件要素を一つ一つ吟味し、これに問題文に現れている事実を丁寧に拾い出して当てはめ、犯罪の成否を検討する(平成25年採点実感等)
〔検討すべき構成要件事実〕
①Aが甲の胸ぐらをつかんで付近の路地に引っ張り込み(暴行罪)、ナイフを甲に突き付けた(脅迫罪)
②甲と乙は、身の危険を感じ、こもごもAの顔面を殴って路上に転倒させ(暴行罪の共同正犯、正当防衛)、ナイフを奪い、これを遠くに投げ捨てた(器物損壊?)
③乙は、Aが転倒したまま「待ちやがれ。」と怒鳴って右手で上着のポケットを探っているのを見て、Aがまた刃物を取り出そうとしているものと勘違いし、Aの腹部を数回力まかせに蹴りつけた(誤想防衛)
④その間、甲は、乙の制止することなく、黙って見ていた(共謀共同正犯?)
⑤Aは、乙の暴行により、すい臓破裂の傷害を負って死亡した(誤想過剰防衛)
答案作成手順
第1 甲と乙がAの顔面を殴って路上に転倒させた行為(第1行為)
両者に暴行罪(刑法208条)の共同正犯(60条)が成立しないか。
1 実行行為
(1)共同正犯の成立には、①共同実行の事実、②共同実行の意思が必要である。
(2)甲乙が、Aの顔面を殴った行為は、人への有形力の行使であり「暴行」にあたる。また、こもごもAを暴行していることから、①共同実行の事実も認められる。
(3)②共同実行の意思とは、特定の犯罪を共同で行う意思の連絡であり、正犯犯意の相互認識と相互利用補充意思が必要である。
(4)甲の胸ぐらをつかんで付近の路地に引っ張り込み、ナイフを甲に突き付けたAの行為から甲乙共に逃れるため暴行に及んでいるので、正犯犯意の相互認識も相互利用補充意思も認められる。よって、②共同実行の意思は認められる。
2 第1行為は、Aの攻撃から身を守るために行われているため、甲乙の行為は正当防衛(36条1項)として違法性が阻却されないか。
(1)正当防衛の成立には、急迫不正の侵害と防衛の意思に加え、行為の相当性を要する。
(2)急迫不正の侵害
深夜の繁華街で、甲はやくざ風のAに因縁をつけられ、胸ぐらをつかまれ付近の路地に引っ張り込まれたうえにナイフを突き付けられていることから、甲の身体に法益侵害の危険が迫っており、急迫不正の侵害が認められる。
(3)防衛の意思
急迫不正の侵害から逃れるために、甲乙は第1行為に及んでいるので、防衛の意思も認められる。(4)行為の相当性
相当性は、侵害行為への反撃が、侵害される法益を守るために必要最小限度であることをいう。Aがナイフを突きつけたことで、甲に生命の現実的な危険が差し迫っていることから、Aの顔面を殴打する行為は、甲乙二名で行っているとしても必要最小限度の反撃であると認められる。
3 したがって、甲乙の第1行為には正当防衛が成立する。
第2 乙がAの腹部を数回力まかせに蹴りつけた行為(第2行為)
第2行為につき、乙に傷害致死罪(205条、204条)が成立しないか。
1 実行行為の範囲
(1)第1行為に正当防衛が認められることから、第2行為に第1行為からの急迫不正の侵害や防衛意思が継続し、第1行為との時間的距離的近接性が認められる場合には、第1行為と第2行為を一体的に評価すべきであると考える。
(2)Aは第1行為により地面に転倒しており、ナイフも遠くに投げ捨てられていることから、Aが「待ちやがれ。」と怒鳴って上着のポケットを探る行為が新たな侵害行為の始まりだったとしても、この場から逃げ出す用意ができていた甲に現実的な危険が迫っている状況とは認め難い。よって、急迫不正の侵害は継続していない。
(3)第1行為後、乙は継続していない急迫不正の侵害を誤想して第2行為に及んでいるが、甲は逃げる体制のまま第2行為を迎えたので、少なくとも乙には防衛の意思が第1行為より継続していると認められる。
(4)第1行為と第2行為の場所的少なくとも時間的近接性も認められるので、乙については第1行為と第2行為を一体的に評価する。
2 実行行為
(1)乙の第2行為により、Aは膵臓破裂の障害を負っているため、乙に傷害の実行行為が認められる。
(2)乙は、Aが転倒したまま「待ちやがれ。」と怒鳴って右手で上着のポケットを探っているのを見て、甲への新たな攻撃を防ぐ目的で第2行為に及んでいる。ゆえに暴行に対する犯罪事実の認識と認容はあり、故意が認められる。
(3)腹部を蹴った行為とAの膵臓破裂、死亡の結果には因果関係が認められるから、乙には傷害致死の実行行為が認められる。
2 第1行為と第2行為を一体的に評価した場合、乙に過剰防衛(36条2項)は認められないか。
転倒したまま上着のポケットを探っている段階のAに急迫不正の侵害行為は認められない。この状況を認識しながらAの腹を数回蹴っているが、これは体の中枢部に対する生命を害しかねない行為で複数回行っているため、乙に過剰性の認識はあったと認められる。よって、乙に過剰防衛が認められる。
3 以上により、乙に過剰防衛が成立する。
第3 第2行為において甲に傷害致死罪の共同正犯が成立するか。
1 実行行為
(1)共同正犯の成立要件である共同実行の事実は認められないので、共同実行の意思について検討する。
(2)第1行為後、甲はその場から逃げようとしており、第2行為時にも乙を黙って見ていただけであるから、第2行為で共同実行の意思は認められない。
(3)したがって、共同正犯は成立しない。
第4 罪数
以上により、甲は罪責を負わず、乙はAに対する傷害致死罪の罪責を負うが、過剰防衛の規定が適用され、任意で刑が減刑される。
以上