行政処分が信義則違反で違法となる場合

行政処分が信義則(信義誠実の原則)に違反し、違法と判断されるのは、行政機関の言動に対する国民の正当な信頼を著しく裏切るような、極めて例外的な状況に限られます。裁判所は、行政の安定性や法律適合性の原則(合法性)を重視するため、信義則の適用には非常に慎重な姿勢をとっています。
信義則違反が認められ、行政処分が違法となるためには、主に以下の要件を満たす必要があると解されています。これは、特に租税法の分野で確立された判例(最判昭和62年10月30日)を基礎としています。

信義則違反の主な要件

信頼の対象となる公的見解の表示
行政機関が、特定の個人に対し、信頼の対象となるような公的な見解を明確に示すことが必要です。これには、口頭での指導や教示も含まれますが、一般的・抽象的な見解ではなく、個別具体的な状況に対するものであることが求められます。
国民がその表示を信頼し、信頼に正当な理由があること

国民(納税者など)が行政機関の見解を信頼し、その信頼に基づいて行動することが必要です。また、その信頼には、国民側に落ち度がないなど、保護するに値する正当な理由がなければなりません。
信頼に基づく国民の行動

国民が、行政機関の見解を信頼した結果、何らかの具体的な行動(申告、投資、申請など)をとったという事実が必要です。
表示に反する処分の実施

その後、行政機関が自らの先行する見解に矛盾するような行政処分を行うことが要件となります。
国民が経済的な不利益を受けること その矛盾した処分の結果、国民が経済的な損失を被るなどの不利益を受けることが必要です。
これらの要件がすべて満たされた上で、なおかつ「納税者間の平等・公平という要請を犠牲にしてもなお、その信頼を保護しなければ正義に反する」と評価できるような特別な事情がある場合に、例外的に信義則違反として処分が違法と判断される可能性があります。

具体的な事例

信義則違反が争われた事例は多くありますが、実際に処分が取り消されるケースは稀です。
税務行政の分野

前述の最高裁判決の基礎となった事案では、税務署の担当官から特定の会計処理が是認される旨の教示を受け、長年その通りに申告していた納税者に対し、後になってその会計処理を否認する更正処分が行われました。最高裁は、上記のような厳格な要件のもとで信義則の適用の可能性を認めましたが、個別の事案では納税者の信頼が保護されるべき「特段の事情」の認定には高いハードルを設けています。
税法以外の分野(宜野座村工場誘致事件 – 最判昭和56年1月27日)沖縄県の宜野座村が工場誘致を積極的に進めたため、ある企業がこれに応じて工場建設の準備を進めました。しかし、村はその後、工場建設予定地を含む一帯を水源保護地域に指定し、工場の操業を事実上不可能にする措置を取りました。この事件で最高裁判所は、企業の信頼は法的に保護されるべきであると認めました。しかし、水源保護という公益性の高い目的があるため、行政処分(水源保護地域指定)そのものを直ちに違法・無効とはしませんでした。その代わり、村が信義則上の配慮義務(十分な協議、代替案の検討、損失補償など)を尽くさなかった場合、国家賠償法上の違法が生じ、企業が被った損害を賠償する責任を負う可能性があるとしました。

結論

信義則の適用によって行政処分そのものが違法となり、取り消されるのは極めて限定的です。特に、法律の規定に明確に反するような行政機関の見解を信頼したとしても、その信頼は通常保護されません(違法性の意識がある場合など)。
多くの場合、信義則違反は、行政処分そのものの効力を覆すよりは、宜野座村の事例のように、行政手続の過程における配慮義務違反として、国家賠償請求の文脈で問題とされる傾向にあります。これは、行政行為の安定性を維持しつつ、国民の権利救済を図るという司法のバランス感覚の表れと言えるでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA