(〔設問1〕と〔設問2〕の配点の割合は、2:3)
次の文章を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事例】
Ⅹは、従前から取引のあった株式会社Yの担当者からⅩ所有の土地に賃貸用アパートを建築するように勧誘を受けて、賃貸用アパートを建築する資金として、Yから5億円の貸付け(以下「本件貸付け」という。)を受け、賃貸用アパート(以下「本件アパート」という。)を建築した。しかし、賃貸需要についての建築時の見通しが甘かったため、本件アパートの賃貸事業は赤字に陥り、本件貸付けに係るYの債権(以下「Y債権」という。)の返済も滞りがちになった。Ⅹは、Yに対して、Y債権のうち2億円分を免除するように求めたものの、Yはこれに応じなかった。
そこで、Ⅹは、賃貸需要の見通しが甘いために本件アパートの賃貸事業が赤字に陥ることをYは本件貸付けに際して知っていたとの事実(以下「Ⅹ主張事実」という。)を主張し、賃貸需要の見通しの甘さをYがⅩに説明しなかったことは説明義務違反に当たり、ⅩはYに対する不法行為に基づく損害賠償債権3億円(以下「Ⅹ債権」という。)を有するとして、Yに対して、Ⅹ債権3億円のうち1億円の支払を求める旨を訴状に記載して訴えを提起した(以下「本訴」という。)。本訴の第1回口頭弁論の期日において、Yは、Ⅹ主張事実を否認し、Ⅹの本訴に係る請求の棄却を求めて争った。
〔設問1〕
Yの内部規則は、①投融資案件において所定の決裁権者に案件の決裁を求めるために作成される稟議書に添付する書類の一つとして、投融資に係る事業の損益予測表を定め、②投融資案件の稟議書及びその添付書類について、Yの役職員限りのものとして扱うこととしつつ、Yの取締役会の同意がある場合には、裁判手続、これに準ずる手続及び行政不服審査法に基づく手続において、これらの写しをYが提出できる旨を定めている。そして、本件貸付けにおいては、本件アパートの賃貸事業の損益予測表(以下「本件予測表」という。)がYの担当者によって作成され、本件貸付けの稟議書に添付されていた。本件予測表は、本件アパートの賃貸事業の損益の予測が、主要な勘定科目ごとの明細とともに、数値で示された表形式のもので、記載された数値はⅩから収集した情報及び周辺の不動産の情報等を基にしたYの担当者の予測によるものである。
Ⅹは、本訴の弁論準備手続の期日において、Ⅹ主張事実を証明すべき事実とし、本件予測表について、民事訴訟法第220条第4号に基づいて文書提出命令を申し立てた。これに対して、Yは、本件予測表は同号ニの文書に該当するとして、その申立ての却下を求めた。
Ⅹの立場から、本件予測表が民事訴訟法第220条第4号ニの文書に該当しないとする立論として、どのようなものが考えられるか。判例を踏まえて、Yからの反論を想定しつつ、論じなさい。

答案作成手順

1.文書提出命令の申立ての根拠
Xは、本件予測表が民事訴訟法(以下、法という)220条11号ないし3号のいずれにも該当しないことから、同条4号柱書に基づき、本件予測表の提出命令を申し立てる。同号は、原則として所持者に文書提出義務を課す(一般提出義務)が、同号ニに規定される「専ら所持者の利用に供するための文書」(以下「自己利用文書」という)に該当する場合には、提出義務を免れる。 そこで、本件予測表が「自己利用文書」に該当しないか、その意義が問題となる。
2.「自己利用文書」の判断基準
法220条4号ニの趣旨は、文書の開示によって所持者のプライバシーや自由な意思形成、事務の適正な遂行が阻害される等の不利益と、証拠開示による真実発見の要請を比較衡量する点にある。 したがって、「自己利用文書」に該当するか否かは、文書の作成目的、作成過程、記載内容、管理状況等を総合考慮し、開示によって所持者の自由な意思形成や事務の適正な遂行が著しく阻害されるおそれがあるか否かという観点から客観的に判断すべきである(判例
=最高裁決定平成11年11月12日参照)。
3.本件におけるXの立論
Xとしては、本件予測表は以下の理由から「自己利用文書」に該当しないと主張すべきである。
(1) 記載内容の客観性
Yは、本件予測表が担当者の「予測」に基づく数値であり、内部の自由な意見交換を保護すべきであると反論することが想定される。 しかし、本件予測表に記載された数値は、「Xから収集した情報」及び「周辺の不動産の情報等」という客観的事実を基礎としている。このような客観的データに基づく分析は、所持者の純粋な主観的意見やプライバシーに関わる事項とは異なり、開示によって直ちに自由な意思形成が阻害される性質のものではない。
(2) 文書の作成目的と組織的性格
Yは、本件予測表が「内部規則」に基づき「役職員限り」として作成された内部意思決定のための書類であると主張する。 しかし、本件予測表は融資という組織的な業務における決裁を求めるための稟議書に添付された書類である。銀行等の金融機関において、融資の妥当性を判断するために作成される損益予測表は、業務遂行の客観的妥当性を担保するためのものであり、単なる個人の備忘録や個人的な検討資料の域を超えている。 むしろ、本件のような賃貸アパート建築の勧誘を伴う融資においては、その予測の妥当性は顧客(X)との関係においても透明性が求められるべき性質を有しており、専らYのみが排他的に利用する文書とはいえない。
(3) 内部規則の限界と提出の必要性
Yは内部規則に照らし提出を拒むが、提出義務の有無は民事訴訟法により客観的に定められるべきであって、企業の内部規則によって一方的に提出義務を免れることはできない。 本件において、X主張事実(Yの賃貸需要の建築時見通しが甘かったこと)を証明するためには、当時の損益予測が示された本件予測表は不可欠な証拠であり、証拠の必要性は極めて高い。一方で、すでに融資が実行され事業が開始されている以上、事後的にこの予測表を開示しても、Yの事務遂行に著しい支障が生じるとは考えにくい。
4.結論
以上より、本件予測表は「自己利用文書」には該当せず、Yは法220条4号に基づき、その提出義務を負う。

〔設問2〕(〔設問1〕の問題文中に記載した事実は考慮しない。)
本訴の係属中に、Yは、XがY債権に係る債務について期限の利益を喪失したと主張して、Xに対して、Y債権の残債権額である4億円の支払を求める反訴を提起した。これを受けて、Xは、X債権全額をもって反訴の目的となっているY債権と対当額で相殺する旨の抗弁(以下「本件相殺の抗弁」という。)を弁論準備手続の期日において主張した。
本件相殺の抗弁は適法かについて、判例を踏まえながら、X債権のうち本訴で請求されていない部分と請求されている部分とに分けて、論じなさい。

答案作成手順

第1 本訴で請求されていない部分(2億円分)
民事訴訟法142条2は、重複起訴を禁止しているが、相殺の抗弁は防御方法であって「訴え」ではないため、同条が直接適用されるわけではない。
しかし、相殺の抗弁は、反対債権の存否について既判力が生じる(114条2項3)ため、実質的には訴えを提起したのと同様の既判力抵触や審理重複の危険がある。そのため、判例は他訴で係属中の債権を自働債権として相殺の抗弁を提出することを、142条の趣旨に反し許されないとしている。
もっとも、本件2億円部分は、本訴において訴訟物となっておらず、いまだ裁判所に係属していない。したがって、これを反訴において相殺の抗弁に供しても、審理の重複や判断の矛盾が生じるおそれはない。
よって、この部分の相殺の抗弁は適法である。
第2 本訴で請求されている部分(1億円分)
これに対し、本訴で既に請求している1億円を自働債権として、反訴で相殺の抗弁を主張することは、142条の趣旨に反し不適法であると解する。
判例
(最判平成5年9月30日)は、既に訴訟物となっている債権を別訴で相殺の抗弁に供することを禁止している。本件は本訴と反訴という同一手続内の関係であるが、以下の理由から同様に解すべきである。 (1)第一に、本訴の請求と反訴の相殺の抗弁とで、同一債権の存否について判断が矛盾するリスクを排除すべきである。 (2)第二に、同一手続内であっても、弁論の分離(152条1項)がなされる可能性があり、その場合に審理が重複し混乱を招くおそれがある。 (3)第三に、本訴請求と相殺の抗弁の二重の満足を許さないための処理が複雑化し、訴訟遅延を招く。
したがって、同一債権を「本訴の請求」と「反訴の相殺の抗弁」の双方で重複して主張することは、手続の安定を害する。
よって、この1億円部分に関する相殺の抗弁は不適法である。


第2案
第1 本訴未請求部分(2億円)について
民事訴訟法(以下、法という)142条は重複起訴を禁止しているが、相殺の抗弁は「訴え」ではないため、同条が直接適用されることはない。
しかし、相殺の抗弁として主張された債権の存否には既判力が生じる(法114条2項)。そのため、別訴で係属中の債権を自働債権として相殺の抗弁に供することは、既判力の抵触や審理の重複という142条の趣旨に反する不都合を生じさせる。
もっとも、本件2億円部分は、本訴においていまだ審判対象となっていない。したがって、これを相殺の抗弁として主張しても審理の重複や判断の矛盾のおそれはなく、142条の趣旨に反しない。
よって、この部分の相殺の抗弁は適法である。

第2 本訴請求部分(1億円)について
これに対し、本訴で既に請求している1億円を自働債権として反訴で相殺の抗弁を主張すること(重複主張)が、142条の趣旨に反し不適法とならないかが問題となる。
判例(最判平成5年9月30日)は、二重満足の危険や手続の混乱を理由にこれを原則として禁止している。しかし、近時の判例(最判令和2年9月11日)は、特定の関係にある債権間においては、同一手続内の重複主張を認める余地を示している。本件においても、以下の理由から適法と解すべきである。 (1) 債権間の密接な関連性 本件のYの貸金債権と、Xの説明義務違反に基づく損害賠償債権は、いずれも「アパート建築を伴う融資取引」という同一の経済的背景から生じたものである。融資判断の基礎となる損益予測の妥当性(説明義務)は、貸付けそのものの当否と不可分一体の関係にあり、実質的に一箇の紛争を構成する。 (2) 審理の効率性と紛争の一回的解決 両債権が密接に関連している以上、同一手続内で併せて審理することが、裁判所の事実認定の不整合を防ぎ、紛争を実効的に一挙解決することに資する。 (3) 手続的混乱の回避 本件は同一手続内の本訴・反訴の関係にある。弁論の分離(法152条1項)がなされない限り判断の矛盾は生じず、また、分離がなされる場合であっても、裁判所が審理を並行させる等の運用によって不都合は回避可能である。
したがって、本件のように密接に関連する債権を、同一手続内において相殺の抗弁に供することは、142条の趣旨に反するとはいえない。

よって、この1億円部分に関する相殺の抗弁も適法である。
第3 結論Xの本件相殺の抗弁は、3億円全額について適法である。


(出題の趣旨)

設問1は、文書提出命令の申立てに当たり、株式会社Yにおける融資の稟議書の添付書類である損益予測表(以下「本件損益予測表」という。)が、民事訴訟法第220条第4号ニに規定する「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当しないとする立論からの検討を求めるものである。同文書の該当性については、最決平成11年11月12日民集53巻8号1787頁において判断基準が示されており、同決定では、融資の稟議書についてその該当性が肯定されている。本件損益予測表は、判例において取り扱われた融資の稟議書の事例と同じく融資の決裁に関連する文書であるものの、所持者における文書の取扱いや、提出が求められている文書の内容が稟議書の事案とは異なるため、これらの違いを意識した検討が求められる。
前記の判例が示した判断基準を踏まえて、株式会社Y内部における稟議書及び添付書類の取扱いの具体的な規律や本件損益予測表の内容など問題文で示された具体的な事情を整理・評価して、文書の所持者である株式会社Yからの反論を想定しつつ、Xの立場を説得的に論じることが期待される。
設問2は、相殺の抗弁と二重起訴に関して、制度相互の関連性や関連する判例の理解を具体的な事例を通して問うものである。相殺の抗弁については、民事訴訟法第142条の規定内容や趣旨とともに、審理における相殺の抗弁に係る取扱いや既判力の発生を踏まえた制度の理解を示すことが求められる。この点について、判例は、一般的には訴え先行型の相殺の抗弁について同条を理由として、相殺の抗弁の
適法性を否定している(最判平成3年12月17日民集45巻9号1435頁)。他方、いくつかの事例では、相殺の抗弁の適法性を肯定しているところ、本問との関連でいえば、X債権のうち本訴で訴求されていない部分については、明示の一部請求に関する判例法理を前提とし、最判平成10年6月30日民集52巻4号1225頁を踏まえて、相殺の抗弁の適法性を検討することが求められる。また、X債
権のうち本訴で訴求されている部分については、請負契約に基づく請負代金債権と同契約の目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権に関する事例である最判令和2年9月11日民集74巻6号1693頁を踏まえて、相殺の抗弁の適法性の観点から、貸金債権と貸付に当たっての説明義務違反に由来する損害賠償債権との関係を論じることが期待される。

投稿者 tu

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