次の文章を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、電子部品の製造販売を業とする取締役会設置会社であり、監査役設置会社である。甲社は、会社法上の公開会社であるが、金融商品取引所にその株式を上場していない。甲社は、種類株式発行会社ではなく、その発行可能株式総数は2000株、発行済株式総数は600株である。甲社の定款には、取締役の員数及び任期についての定めはない。
2.甲社は、平成30年1月にA及びBが設立した会社であり、Aが250株を、Bが200株を、A及びBの友人であるCが100株を、Bの友人であるDが50株を、それぞれ保有している。甲社の設立以来、A及びBが代表取締役を、Cが取締役を務めていた。
3.令和6年3月に開催された甲社の株主総会において、A、B及びCが取締役に再任されたほか、甲社の従業員であったEが新たに取締役に選任され、あわせて、「取締役全員に対する報酬総額の上限は月額400万円以内とし、その枠内で各取締役に対する報酬の配分の決定を取締役会に一任する」旨の決議が成立した。直後に開催された取締役会において、A及びBを代表取締役に選定する旨の決議並びに「当社において取締役の報酬は役職に応じて支払うものとし、代表取締役の報酬は月額120万円、代表取締役でない取締役の報酬は月額70万円とする」旨の決議(以下「本件報酬決議」という。)が成立し、以後、本件報酬決議に従って報酬が支払われた。
4.令和6年4月頃から、事業の転換に慎重で現状維持を志向するAと、同業他社の傘下に入ることも視野に入れて事業の拡大を目指すB及びCとの意見対立が目立つようになり、同年8月頃からAの態度が強硬化していったため、事業活動が滞ることを懸念したB及びCは、同年10月31日に開催予定の取締役会において、Aを代表取締役から解職することを決意した。
5.令和6年10月31日に開催された甲社の取締役会の冒頭で、Bは、Aを代表取締役から解職する旨の緊急の動議を提出し、Aを取締役会から退席させた。その後、Eは棄権したものの、B及びCの賛成により、Aを同日付けで代表取締役から解職する旨の取締役会決議が成立した(以下、この決議によるAの解職を「本件解職」という。)。Bは、直ちにAを取締役会に呼び戻して本件解職を通知し、続けて、Aの報酬を月額50万円とすることを取締役会に提案した。Aは反対したものの、B、C及びEの賛成により、Aの取締役としての報酬を月額50万円とする旨の取締役会決議(以下「本件決議」という。)が成立した。
6.Aは、B及びCによる上記5の処遇に憤慨し、もはや同人らと一緒に甲社の経営を続けていくことは困難であると考え、令和6年12月末日付けで、甲社の取締役を辞任した。
〔設問1〕
上記1から6までを前提として、次の⑴及び⑵に答えなさい。
⑴ 本件解職の効力について論じなさい。
答案作成手順
〔設問1〕⑴ 本件解職の効力について
1. 取締役会決議の有効性(三段論法の基本構造)
本件解職は、代表取締役の地位を解くものであり、362条12項3号に基づき取締役会にその権限がある。したがって、株主総会決議を経る必要はなく、取締役会決議として適法である。本件解職の効力を判断するためには、その根拠となる取締役会決議が適法に行われたかを検討する必要がある。
(1) 特別利害関係(369条22項)の検討
大前提(規範): 369条2項は「特別の利害関係を有する取締役」は議決に加わることができないとする。その趣旨は、決議の公正を担保することにある。したがって、「特別の利害関係」とは、当該決議事項について、他の取締役と共通しない個別の個人的利害関係を有し、その者が決議に加わることで決議の公正を損なうおそれがある場合をいう。
小前提(あてはめ): 本件決議は「Aを代表取締役から解職する」ものである。代表取締役という地位は、業務執行権限と代表権を伴う特別な地位であり、その解職はAにとって直接的かつ重大な不利益となる。他の取締役(B, C, E)にはない個別的な利害である。
結論: Aは「特別の利害関係」を有する取締役に該当し、議決に加わることができない。よって、Aを議決から除外し、退席させた判断は適法である。
(2) 招集手続および決議要件(368条、369条1項)の検討
小前提(あてはめ): ① 招集手続: 取締役会の招集通知には、目的事項(議題)の記載は不要である(368条3参照)。したがって、当日「緊急の動議」として提出されたとしても、招集手続上の瑕疵はない。
② 決議の成立: 本件取締役会にはA, B, C, Eの全員(4名)が出席しており、定足数を満たしている。議決に加われるのはAを除く3名である。そのうち、B・Cが賛成しており、棄権したEを除いても「議決に加わることができる取締役(3名)」の過半数(2名)を満たしている(369条1項)。
結論: 本件解職の決議は、手続的にも実体的にも有効である。
⑵ Aは甲社の取締役辞任後、本件決議に基づき令和6年11月分及び同年12月分の報酬として各50万円しか支払われていないことに不満を持っている。本件解職が有効であることを前提として、Aは、甲社に対し、どのような請求をすることが考えられるかについて、論じなさい。
答案作成手順
〔設問1〕⑵ 報酬減額に対するAの請求
1. Aの請求の内容
Aは、本来受け取れるはずであった報酬額と、実際に支払われた50万円との差額(月額20万円×2ヶ月分=40万円)の支払請求をすることが考えられる。 代表取締役を解職されたため、本件報酬決議(役職に応じた報酬体系)によれば「代表取締役でない取締役」の報酬である月額70万円が本来の金額となる。
2. 報酬決定のプロセスと「報酬自律決定権」(大前提)
条文の指摘: 取締役の報酬は、定款または株主総会の決議によって定める(会社法361条41項)。
規範の定立: 一度株主総会決議やそれに基づく取締役会決議等によって具体的な報酬額が確定した場合、その報酬額は取締役と会社間の契約内容となる。したがって、会社側が取締役の同意なく、一方的にこれを減額することは原則としてできない(報酬自律決定権)。
3. 本件決議(減額決議)の有効性(あてはめ)
事実の評価: 本件では、令和6年3月の取締役会(本件報酬決議)において、「代表取締役でない取締役の報酬は月額70万円とする」と具体的に確定している。
例外の検討: Aは10月31日の取締役会で報酬50万円とする案に「反対」しており、減額への同意はない。
一任決議の射程: 株主総会から取締役会への一任決議があったとしても、それは「適正な配分」を委ねるものであり、既に確定した個別の取締役の報酬権を奪う権限まで与えたものではない。
結論: したがって、Aの同意のない本件決議は無効であり、甲社はAに対し、確定済みの月額70万円を支払う義務を負う。
4. 結論
Aは甲社に対し、未払報酬の差額分(計40万円)の支払いを請求できる。
7.Aは、上記6の辞任を機に、令和7年1月に新たな住所(以下「新住所」という。)へ転居していたが、そのことを甲社に通知しておらず、甲社の株主名簿上のAの住所の記載は、従前の住所(以下「旧住所」という。)のままとなっていた。
8.甲社は、令和7年7月、同業他社である乙株式会社(以下「乙社」という。)との事業提携を実現するべく、乙社との間で、甲社が乙社の企業グループの傘下に入ること、そのために下記9の要領で甲社が乙社に対して募集株式の第三者割当てを実施することを合意した。
9.甲社は、令和7年8月1日、取締役会を開催し、①発行する株式数を800株、②払込金額を1株当たり10万円、③払込期日を同月29日、④引受人及び引受株式数をそれぞれ乙社及び800株とする新株発行(以下「本件発行」という。)を行う旨の決議をし、その日のうちに、株主に対し、乙社の名称及び住所、本件発行により乙社が総議決権数1400個のうち800個の議決権を有することとなる旨など、法令上必要とされる事項が記載された通知書を送付した(以下「本件通知①」という。)。なお、Aに対する本件通知①は、Aの新住所に宛てて送付されていた。
10.令和7年8月4日に本件通知①を受領したAは、同日、甲社に対し、本件発行に反対する旨の通知をした(以下「本件通知②」という。)。本件通知②を受けて、Bは、Aに対し、同月中に臨時株主総会を開催する予定である旨を口頭で告げた。
11.甲社は、令和7年8月5日、臨時取締役会を開催し、Bら取締役全員出席の下で、本件発行の承認を目的とする臨時株主総会(以下「本件総会」という。)を同月25日に招集することを決定した。Bは、甲社の代表取締役として、甲社の株主名簿に記載されている甲社の株主の住所に宛てて、本件総会の招集通知を発した。その際、Bは、Aの現在の住所は新住所であることを認識していたものの、Aが本件総会に出席するのを防ぐために、甲社の株主名簿に記載されているAの旧住所に宛てて招集通知を発した。同通知は、宛先に受取人が居住していないとして甲社に返送された。
12.令和7年8月25日、本件総会が開催された。本件総会には、B、C及びDが出席したが、Aは、本件総会の開催を知らなかったため、欠席した。本件総会では、本件発行を承認する旨の議案が提案され、Dは反対したものの、B及びCの賛成により可決された。
13.令和7年8月29日、乙社は、払込金額の全額を払い込み、甲社株式800株を取得した。
〔設問2〕
令和7年9月の時点で、Aは、本件発行の効力を争うために、どのような訴えを提起し、どのような主張をすることが考えられるか、またその主張の当否について、論じなさい。なお、本件発行の払込金額は、募集株式を引き受ける者に特に有利な金額ではないものとする。
答案作成手順
〔設問2〕本件発行の効力を争うための手段
1. 提起すべき訴え
Aは、甲社に対し、新株発行無効の訴え(会社法828条51項2号)を提起すべきである。
理由: すでに払込期日(8月29日)が経過し、乙社が株式を取得して効力が発生しているため、発行前の「差止め(210条6)」ではなく、発行後の「無効の訴え」による必要がある。
出訴期間: 本件発行から6ヶ月以内(828条1項2号。甲社は非上場の公開会社であるため)。
2. 主張の根拠(無効原因)
Aは、本件発行には「重大な法的瑕疵」があり、無効原因に当たると主張する。
(1) 支配株主の異動(206条の27)に伴う手続違反
大前提: 公開会社において、引受人が総議決権の過半数を有することとなる場合(支配株主の異動)、会社は株主に対し通知等を行わなければならない(206条の28第1項、4項)。10分の1以上の議決権を有する株主(A)が反対した場合、原則として株主総会の普通決議による承認が必要となる(同条4項)。
小前提: 乙社は発行後、総議決権1400個中800個(約57%)を保有するため、206条の2の対象となる。Aは反対通知(本件通知②)をしているため、「有効な株主総会決議」が本件発行の法的要件となる。
(2) 招集手続の瑕疵(株主名簿の住所と真実の住所)
Aは、本件総会の決議には「取消事由(831条91項1号)」があり、その瑕疵は甚大であると主張する。
大前提(規範): 会社は株主名簿の住所に通知すれば足りる(126条1項)が、「会社側が株主の真実の住所を知っており、かつ、特定の株主を排除するなどの不当な目的で、あえて届かない旧住所に送付した場合」には、信義則上、126条1項による免責は認められず、招集手続の法令違反となる(最判昭45.4.2参照)。
あてはめ(重要!):
1. Bの認識: BはAの新住所を知っていた(11項)。
2. 不当な目的: Bは「Aが本件総会に出席するのを防ぐため」にあえて旧住所に送付した。
3. 対比事実: 本件通知①(募集事項の通知)は新住所に届いているのに、総会の通知だけ旧住所に送っている点は、意図的な排除を強く推認させる。
結論: 本件総会の招集手続には重大な法令違反があり、これを踏まえた決議は取り消されるべきものである。
3. 主張の当否(無効原因となるか)
大前提: 最高裁は、公開会社における新株発行につき、単なる「著しく不公正な方法(210条2号)」は取引の安全の観点から原則として無効原因にならないとしている。
規範の定立: しかし、本件のように「法が特別に要求した手続(206条の2第4項)を、意図的な招集手続の瑕疵によって形骸化させた場合」は、単なる不公正発行を超えた「重大な法的瑕疵」として、例外的に無効原因になると解すべきである。
あてはめ: Aが参加していれば、A(250株)+D(50株)=300株となり、反対派が過半数に迫る可能性があった(B・Cの合計は300株)。Aを不当に排除したことは、株主の関与機会を完全に奪うものであり、本件発行の法的根拠(総会承認)を欠くものといえる。
結論: したがって、Aの主張は認められ、本件発行は無効とされる。
(出題の趣旨)
設問1は、①代表取締役を解職する取締役会決議について、解職の対象となる代表取締役は会社法第369条第2項の「決議について特別の利害関係を有する取締役」に当たると一般的に理解されていること(最判昭和44年3月28日民集23巻3号645頁)を前提に、解職の効力を論じること、②代表取締役の解職と同時に報酬額が減額された事実について、当該減額の可否(最判平成4年12月18日
民集46巻9号3006頁)及び賠償の要否(会社法第339条第2項の類推適用や民法第651条第2項等。富山地高岡支判平成31年4月17日資料版商事法務423号175頁等参照)を論じることを求める問題である。
設問2は、会社法第206条の2に基づく手続に瑕疵がある場合における新株発行の効力を論じることを求める問題である(この点が問題となった裁判例として、東京地判令和3年3月18日判タ1503号233頁参照)。同条第4項本文に基づく株主総会の開催に際して、招集通知を株主の株主名簿上の住所に宛てて行ったこと(同法第126条参照)が、甲社の代表取締役の認識や従来の取扱いに照らして招集手続の著しい不公正に該当しないか、仮に該当する場合、かかる瑕疵のある株主総会決議に基づく新株発行は、たとえ同法第206条の2第4項の手続を形式上履践しているとしても無効事由があるものと解すべきではないかなどといった点について、本問の事実関係に即して説得的に論じることが期待される。