Aは、いずれも日本在住の甲国人である両親の間の子として日本で生まれ、ずっと日本で暮らしてきた。大学生になったAは、夏季休暇を利用して、一人で甲国内を1か月間旅行する計画を立て、初めて甲国を訪れた。Aは、かつて両親から聞いた断片的な情報に基づき、甲国は夏でも比較的過ごしやすい気候であると思い込んでいたが、実際に甲国に渡航して滞在してみると、連日、想定していなかった厳しい暑さに見舞われたため、この暑さへの応急対策として、甲国の家電小売店Pで手持ち式小型扇風機α(以下「α」という。)を購入した。αは、国際規格に準拠した方式のケーブル・充電器により充電するタイプの内蔵バッテリーを動力源としており、Aがスマートフォン用に日本から持参していた携帯充電器によっても充電することができる上、大出力の駆動モーターによる強力な送風機能を備えているなど、利便性や使い心地の面で、Aにとって満足のいくものであった。そこで、Aは、甲国滞在を終えて日本へ帰国するに際し、αを引き続き利用することとして日本へ持ち帰った。
Aは、帰国後間もなく、全国的に最高気温の観測記録が更新されるほどの猛暑の昼下がり、αを使用しながら、京都の観光地区に近接する大学の図書館に向かって歩いていたが、観光客で混み合う道に差し掛かったところで、突然、αが動作を停止してしまった。不審に思ったAが立ち止まってαの状態を確認すると、本体内部から白煙が上がっていたため、思わずαを放り投げたところ、その直後、αは、路上に落下する前に空中で破裂した(以下、このαが破裂した事故を「本件事故」という。)。
本件事故によって周囲に飛散したαの破片の一部は、たまたま近くを歩いていた東京からの観光客Bの右目の付近に当たり、Bは、この負傷により右目の視力を失った。
甲国の隣国である乙国の法人で、αを製造したQ社は、日本を含む数か国で本件事故と同様の破裂事故が発生していることを把握し、一連の事故の原因を究明するために内部調査を実施した。その結果、一連の事故が発生したαに使用されている内蔵バッテリーは全て、複数のサプライヤーの一つである日本法人R社東京工場製のバッテリーβ(以下「β」という。)であり、極度に高温多湿となる条件下でβを使用した場合に、まれに膨張・破裂するとの実験結果を得た。
なお、Q社は、営業所、工場等の拠点や財産を全て乙国内に置き、他国では営業活動も行っておらず、αについても、その設計・製造から販売までを全て乙国内でのみ行っている。もっとも、甲国や日本などの他国の業者が、乙国内で販売されているαを仕入れて、自国の消費者向けに販売することは広く行われている。Q社も、そのような他国での販売がαの売上げに大きく貢献していることを認識して、αの全ての製品には、甲国語や日本語を含む多言語で並列的に記述した取扱説明書を一律に同梱して販売している。
以上の事実を前提として、以下の設問に答えなさい。
〔設問1〕
αの製造者がQ社であることを認識したBは、Q社を被告として、製造物責任法第3条に基づき、本件事故によって被った損害の賠償を求める訴え(以下「本件訴え」という。)を東京地方裁判所に提起した。
〔小問1〕
本件訴えについて、日本の裁判所の国際裁判管轄権が認められるかどうかについて論じなさい。
答案作成手順
〔設問1〕小問1:国際裁判管轄
1.原則的管轄(民訴法3条の21)
被告Q社は乙国法人であり、日本国内に主たる事務所又は営業所を有しない。また、日本国内に代表者等の住所もないため、民訴法3条の2により原則的管轄は認められない。
2.不法行為地による管轄(民訴法3条の32第8号)
本件訴えは、製造物責任法(以下「法」という。)3条3に基づく損害賠償請求であり、「不法行為に関する訴え」に該当する。そこで、日本が「不法行為があった地」にあたるか検討する。
(1) 「不法行為があった地」の意義
同号にいう「不法行為があった地」には、加害行為が行われた地(実行地)のみならず、損害が発生した地(結果発生地)も含まれる(被害者救済の観点 判例・通説)。 本件において、Q社の製造・設計行為(実行地)は乙国内であるが、αが破裂しBが負傷した地(結果発生地)は日本国内(京都)である。したがって、原則として日本に管轄が認められる。
(2) 予見可能性による制限(同号但書)
もっとも、結果発生地が日本であっても、「外国で行われた加害行為による結果が日本国内で発生することが通常予見できないとき」は、管轄が否定される。本件において、Q社に予見可能性があるといえるか。
事情の検討:① Q社は、他国の業者がαを日本で販売している事実を認識し、売上げへの貢献も把握していた。 αには日本語を含む多言語の取扱説明書が同梱されており、日本での使用・流通を前提とした販売態勢をとっていた。 αのような小型扇風機は、現代において旅行者が国境を越えて持ち歩くことが極めて容易な製品である。
判断:②以上の事情からすれば、Q社にとって、自社製品が日本に持ち込まれ、そこで事故が発生し損害が生じることは、「通常予見できる」範囲内といえる。
③したがって、同号により日本の裁判管轄が認められる。
3.「特別の事情」による却下(民訴法3条の94)
管轄権が認められる場合であっても、事案の性質、当事者の負担、証拠の所在等の事情に照らし、日本で裁判を行うことが当事者間の公平を害し、適正・迅速な審理を妨げる「特別の事情」があるときは、訴えを却下できる。
検討: 1. 被害者Bは日本居住者であり、被害状況や治療等の証拠は日本にある。
2. 事故原因とされるバッテリーβを製造したR社も日本法人であり、製造工程の調査の利便性も考慮される。
3. Q社は乙国法人であり応訴の負担はあるが、日本市場での利益を享受している以上、日本での責任追及を甘受すべき合理的根拠がある。
判断: 特別の事情があるとは認められない。
4.結論
東京地方裁判所に本件訴えの国際裁判管轄権が認められる。
以上
〔小問2〕
本件訴えについて、日本の裁判所の国際裁判管轄権は認められるものとする。この場合において、BのQに対する損害賠償請求について、いずれの国の法によって判断されるべきかを論じなさい。
答案作成手順
〔設問1〕小問2:本件訴えの準拠法
1.単位法律関係の決定
BのQ社に対する請求は、製造物の欠陥に基づく損害賠償請求であるから、その性質は不法行為に属する。不法行為の準拠法は原則として通則法17条5(加害行為の結果発生地法)によるが、製造物責任については通則法18条6に特則があるため、まず同条の適用の有無を検討する。
2.通則法18条(製造物責任の特則)の検討
同条は、原因となる事実が発生した地に関わらず、「被害者が製造物の引渡しを受けた地」の法によると規定する。
(1) 「被害者が製造物の引渡しを受けた地」の意義
本件における「被害者」はBである。しかし、BはQ社や販売店からαの引渡しを受けたわけではない。 通則法18条は、欠陥製品の流通による被害を想定しており、被害者が当該製品の「利用者(購入者)」であるか「第三者(バイスタンダー)」であるかを問わない。もっとも、バイスタンダーの場合、自ら引渡しを受けていないため、**「製造物が(直接の利用者等に対して)最初に引き渡された地」**を基準と解すべきである。
本件の検討: αが最初に引き渡された地は、Aが購入した甲国である。したがって、原則として甲国法が準拠法となる。
(2) 予見可能性による制限(18条但書)
ただし、製造者がその地(甲国)において製造物の引渡しが行われることを「通常予見することができなかったとき」は、製造者の主たる事業所の所在地法(本件ではQ社の所在する乙国法)による。
本件の検討: Q社は乙国内でのみ販売しているが、他国の業者が仕入れて販売することを認識しており、多言語(甲国語含む)の説明書を同梱している。したがって、甲国での引渡しは**「通常予見できた」**といえ、但書は適用されない。
3.通則法20条(明らかにより密接な関係がある地)の検討
もっとも、通則法20条は、例外的に「明らかにより密接な関係がある地」がある場合、その地の法を優先させる。
本件の検討:
被害者Bは日本人(日本居住者)であり、事故発生地(被害地)も日本である。
事故原因のパーツ(β)は日本法人R社製である。
判断: しかし、18条は製造物責任における予見可能性を重視した規定であり、これらを覆して「日本法が明らかにより密接」とまで断定するのは慎重であるべきとされる。本件のAによる甲国での購入という経緯を重視すれば、20条の適用は否定されやすい。
4.通則法22条(公序)の検討
仮に甲国法の内容が、日本の製造物責任法と比較して著しく被害者保護に欠けるなど、日本の公序良俗に反する場合は、甲国法の適用が排除され、日本法が適用される可能性がある。
5.結論
原則として、通則法18条本文に基づき、甲国法が準拠法となる。
以上
〔設問2〕
本件事故を含む一連のαの破裂事故の原因がβにある可能性が高いと考えたQ社は、R社に調査を求めたところ、βの特定の製造ロットの製造過程において、膨張・破裂の原因となる微小な金属異物が混入していたことが判明した。そこで、Q社は、損害賠償金の支払やαの回収費用の支出により生じた多額の損失について、R社に対し、応分の負担を求めたが、Q社とR社との間で、負担割合をめぐる交渉は決裂した。
Q社とR社との間の取引は、R社がQ社に対して毎年一定数量のβを供給する旨の契約(以下「本件契約」という。)に基づくものであった。本件契約は、2018年1月、それぞれの本社スタッフによる交渉の結果として締結されたものであり、本件契約には、「この契約は、日本法により解釈され規律される。」との条項があった。
Q社は、R社に対し、本件契約上の債務の不履行に基づき、損害の賠償を求める訴えを東京地方裁判所に提起した。このQ社の請求について、裁判所は、「国際物品売買契約に関する国際連合条約」(以下「ウィーン売買条約」という。)を適用して判断する内容の本案判決を言い渡したが、乙国はウィーン売買条約の締約国ではなかった。
上記判決において、裁判所が、Q社の請求についてウィーン売買条約を適用して判断したのはなぜか。理由を説明しなさい。
答案作成手順
〔設問2〕模範答案
1.準拠法の決定(通則法7条)
Q社及びR社は、本件契約において「日本法により解釈され規律される」旨の合意をしている。通則法7条によれば、当事者が法律の適用につき合意したときは、その選択した地の法が準拠法となる。したがって、本件契約の準拠法は日本法である。
2.日本法におけるウィーン売買条約(CISC)の位置付け
日本はCISGの締約国であり、同条約は日本において2009年に発効している。日本法上の通説によれば、国際売買契約の当事者が準拠法として「日本法」を選択した場合、特段の事情がない限り、それは国内法である民法・商法のみならず、日本が締約している条約をも含む「広義の日本法」を指す。 また、CISGは国際的な物品売買契約における特別法としての性質を有するため、民法に優先して適用される。本件において、QR間に「CISGの適用を排除する」旨の明示的な合意(CISG6条)は存在しない。
3.乙国が非締約国であることの影響とCISG1条(1)(b)
CISGの適用範囲について、同条約1条は以下の二つの適用ルートを定めている。
直接適用(1条(1)(a)): 営業所が異なる締約国にある者同士の契約。
間接適用(1条(1)(b)): 国際私法ルールにより、締約国の法が適用されることとなった場合。
本件において、R社の営業所は締約国である日本にあるが、Q社の営業所は非締約国である乙国にある。そのため、(a)の直接適用ルートは満たさない。 しかし、上述の通り、国際私法上の指定(通則法7条)により、締約国である日本法が準拠法として選定されている。これにより、(b)にいう「国際私法規定により締約国の法の適用に至った場合」に該当することとなる。
4.結論
裁判所は、通則法7条に基づく当事者の合意により指定された日本法を適用する過程において、CISG1条(1)(b)の要件を満たすと判断したため、乙国が非締約国であっても、民法に優先してCISGを適用したものである。
以上
出題の趣旨
本問は、生産物の瑕疵により生じた渉外的な不法行為の事例を素材として、国際裁判管轄、準拠法及び国際物品売買契約に関する国際連合条約(以下「ウィーン売買条約」という。)の適用に関する基本的理解を問うものである。
設問1の小問1は、生産物の瑕疵により発生した事故(以下「本件事故」という。)にたまたま巻き込まれて傷害を負ったBによる、生産物の製造業者であるQ社に対する訴えについて、日本の裁判所の国際裁判管轄権の有無を問うものである。特に民事訴訟法第3条の3第8号について論ずることが求められている。同号の「不法行為があった地」の解釈を明らかにして本件に適用し、さらに、同号括弧書における予見可能性の対象についての理解を示した上で予見可能性の有無を検討しなければならない。同号の規定に基づき日本の裁判所が国際裁判管轄権を有することとなるときは、民事訴訟法第3条の9についても検討することが必要である。
設問1の小問2は、上記のBによる損害賠償請求の準拠法を問うものである。本件事故は生産物の瑕疵により発生したものであるが、Bは生産物の引渡しを受けておらず、事故にたまたま巻き込まれたいわゆるバイスタンダーであるため、法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)第18条の規定によるべきか、あるいは同法第17条の規定によるべきかをまず検討しなければならない。通則法第18条の趣旨及び文言から、本問のような場合には同法第18条によるべきではなく、同法第17条により準拠法を決定すべきであるとの立場によるとすれば、同条本文の「加害行為の結果が発生した地」を明らかにし、更に同条ただし書の予見可能性の有無を検討しなければならない。最後に通則法第20条も検討した上で、いずれの国の法が準拠法となるかについて結論を示さなければならない。
設問2は、R社が製造した部品をQ社に供給する契約(以下「本件契約」という。)に関して、Q社がR社に対して、本件契約上の債務の不履行に基づく損害の賠償を求める訴えを日本の裁判所に提起したところ、裁判所がウィーン売買条約を適用して判断した理由の説明を求めることで、同条約の適用範囲についての理解を問うものである。ウィーン売買条約第1条を検討し、本件契約が同条第1項の「営業所が異なる国に所在する当事者間の物品売買契約」に該当することを指摘した上で、同項a号には当たらないが、通則法第7条により日本法が準拠法となるため同条約第1条第1項b号に当たり、また、当事者が同条約の適用を排除していないことを指摘することで、裁判所が同条約を適用した理由について説明することが求められている。