大手新聞社Aで記者として働いていたXは、編集方針等の違いからAを退社し、現在は、フリージャーナリストを自称し、B県を拠点に、主に環境問題について取材その他の活動を行っている。
しかし、Xの取材及び発表の手段は、Aの記者だったときとは変化している。取材の手段について言えば、B県には、新聞社等の報道機関によって設立された取材・報道のための自主的な組織であるB県政記者クラブが存在するが、同クラブは、その規約上、日本新聞協会加盟社とこれに準ずる報道機関から派遣された県政担当記者のみを構成員としており、フリージャーナリストであるXは入会を認められていない。B県庁やB県警は、記者発表には、B県政記者クラブに所属する報道機関の記者のみに出席を認めているため、Xは出席することができない。また、Xの発表の場は主にインターネットとなり、自らの関心に応じて取材した内容を動画サイトに投稿し、閲覧数に応じて
支払われる広告料によって収入を得ている。環境問題に鋭く切り込むXの動画は若い世代を中心に関心を集め、インフルエンサーとして認識されつつある。さらに、Xは、これまでに取材・投稿した内容に基づくノンフィクションの著作1冊を公表している。
Xは、森林破壊に関する取材の過程で、SDGsに積極的にコミットしていることで知られる家具メーカー甲が、実はコストを安く抑えるために、濫開発による森林破壊が国際的に強い批判を受けているC国から原材料となる木材を輸入し、日本国内で加工し製品化しているのではないかと考え、甲に取材を申し入れた。しかし、甲は、輸入元は企業秘密に当たるので回答できないとして、これを拒否した。そこでXは、半年前に甲を退社し、現在は間伐材を活用したエコロジー家具の工房を開いている元従業員乙に取材を申し入れた。乙は当初、「退職していても守秘義務があるから何も話せない。」と言い、取材に応じることを断っていた。しかし、Xは乙の工房に通い詰めたばかりか、乙が家族と住む自宅にまで執ように押し掛け、「あなたが甲の行為を黙認することは、環境破壊に手を貸すのも同然だ。保身のためなら環境などどうなっても良いという、あなたのそんな態度が世間に知れたら、エコロジー家具の看板にも傷がつく。それでいいのか。」などと強く迫り、エコフレンドリーという評判が低下し工房経営に悪影響が及ぶことを匂わせた。そこで乙は、最終的には、名前を仮名にすること及び画像と音声を加工することを条件に、Xの求めに応じてインタビューを受け、甲はC国から原材料を輸入していると語った。Xは、このインタビューに基づき、「SDGsを標榜する甲の裏の顔」と題する動画を作成し、動画サイトに投稿した。動画には、乙が特定されない加工が施されていたが、Xが繰り返し取材をし、取材対象者に強く証言を迫る様子が映っていた。この動画は反響を呼び、その後、マスコミ各社が後追い報道を行ったこともあって、濫開発による森林破壊に加担しているとして甲の製品の不買運動が起こるなどの影響をもたらした。
甲は、労働者との間に守秘義務契約を交わしており、同契約書には、原材料の輸入元を含む取引先の情報は守秘義務の対象となる企業秘密に含まれること、守秘義務の対象となる情報は、退職後においても、開示、漏えい又は使用しないことが明記されている。同契約書によれば、守秘義務に反した場合は損害を賠償することとされている。
Xの作成した動画を見た甲は、乙が情報を漏えいしたと考え、乙に対して守秘義務違反に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、その訴訟においてXを証人として尋問することを求め、裁判所はこれを認めた。Xは、証人尋問においてインタビューに応じた者の名前を問われたが、民事訴訟法第197条第1項第3号所定の職業の秘密に該当するとして、証言を拒んだ。これに対し甲は、Xの証言拒絶は認められないと主張している。
この証言拒絶について、Xの立場から憲法に基づく主張を述べた上で、それに対して想定される反論や関連する判例を踏まえて、あなた自身の見解を述べなさい。

答案作成手順

1 論文内容 ⇒ 証言拒絶について、Xの立場から憲法に基づく主張を述べ ⇒ それに対して想定される反論や関連する判例を踏まえ ⇒ あなた自身の見解
2 Xの主張
(1)条文の指摘:憲法21条1項は表現の自由を保障している。報道機関の報道は、国民の知る権利に奉仕するものであり、その前提となる「取材の自由」もまた、同条の精神に照らし、十分尊重されるべきである(博多駅事件判例参照)。
(2)事実の摘示:訴訟においてXを証人として尋問することを求め、裁判所はこれを認めた
(3)制約の特定:取材源の秘匿は、情報提供者の信頼を確保し、自由な情報流入を促すために不可欠な要素である。もし取材源が安易に開示されることになれば、将来的な情報提供が途絶え、知る権利が害される。したがって、取材源の秘匿は「取材の自由」の重要な内容をなす。
(4)Xの権利主体性Xは現在フリーであるが、元大手新聞社記者であり、現在も環境問題について専門的な取材を行い、ノンフィクションの著作も公表している。その活動は、単なる趣味や娯楽ではなく、公共の関心事について社会的な情報伝達を行う「報道」としての実態を備えている。
したがって、組織に属していないという一事をもって憲法上の保護対象から除外されるべきではなく、Xの取材活動もまた、憲法21条の保障・尊重の対象となる。

(5)「職業の秘密」の該当性:事訴訟法197条1項3号にいう「職業の秘密」に取材源の秘匿が含まれるか。 最高裁の判例(島田記者事件)によれば、報道の自由が民主主義社会において果たす役割に鑑み、取材源の秘匿は、公正な裁判の実現という要請との比較衡量を経て、「職業の秘密」として保護され得る。 本件において、Xが乙から得た情報は、企業の環境破壊という公共性の高い情報である。Xは乙に対し秘匿を約束しており、これを開示させることは、将来の環境問題に関する内部告発を萎縮させる。したがって、Xは証言を拒絶できる。
3 反論
(1)取材手段の不相当性:取材の自由といえども無制限ではなく、他者の権利を不当に侵害してはならない。本件において、Xは乙の自宅に執拗に押し掛け、さらに「看板に傷がつく」といった言辞で乙を畏怖・困惑させ、心理的に追い詰める手法(不当な手段)を用いている。このような不当な手段による取材までが、憲法上保護されるべき「取材の自由」に含まれるとは解されない。
(2)真実発見の要請との比較衡量:民事裁判において、甲は守秘義務違反に基づく損害賠償を請求しているが、乙が情報漏えい者であることを確定させるためにはXの証言が不可欠(証拠の必要性)である。 企業の営業秘密(原材料の輸入元)の保護もまた法的利益であり、不当な手段で得られた情報を公表したXの取材の自由を、甲の権利行使(裁判を受ける権利:憲法32条)に優先させるべき理由はない。
4  私見
(1)報道の自由の主体性について:現代社会において、インターネットを通じた個人による情報発信が「知る権利」に資する役割は大きい。Xの活動は、動画サイトを通じた収益化がなされているものの、その内容は環境問題という公共性を有し、実際に社会に大きな影響を与えている。したがって、Xが「報道に従事する者」に該当し、その取材源が原則として「職業の秘密」に当たり得るという点は肯定できる。
(2)比較衡量の具体化:しかし、取材源の秘匿が認められるか否かは、事案ごとの具体的な比較衡量によるべきである。
情報の公共性と取材の必要性: 環境問題は極めて公共性が高い。
取材の手段・態様の相当性: Xの取材態様は、乙の私生活の平穏を害し、さらに社会的地位を脅かすような威迫的な要素を含んでおり、社会通念上相当な範囲を逸脱している。
裁判における必要性: 甲が乙の義務違反を立証するためには、インタビュー相手が乙であることを確定する必要があり、Xの証言は決定的な証拠価値を持つ。

5 結論
Xの取材手法に顕著な不相当性が認められる点、および本件訴訟の目的が企業秘密の保持という正当な権利行使にある点を考慮すれば、本件においては取材源を秘匿する利益よりも、公正な裁判による真実発見の利益が優先されると解すべきである。
したがって、Xの証言拒絶は、民訴法197条1項3号の「職業の秘密」として正当化されず、認められない。

(出題の趣旨)

本問は、フリージャーナリストが民事訴訟において取材源について証言を求められた際にそれを秘匿することについて、憲法上の根拠の有無及び保護の範囲を問うものである。この問いに答えるためには、報道を行う上で不可欠の前提である取材の自由及び取材源秘匿について、それを享有する主体の範囲を含めて、判例及び学説の正確な理解とそれを事案に適用する能力とが必要である。
第一に問われるのは、取材の自由及び取材源秘匿の憲法上の位置付けである。判例(博多駅事件(最大判昭和44年11月26日刑集23巻11号1490頁))は、報道機関の報道は国民の知る権利に奉仕するものであり、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法第21条の保障の下にあるとする。取材の自由はその不可欠の前提であり、判例は「憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値いする」と述べる。そのため、学説においては、憲法第21条は取材の自由を直接保障していないとするものもあるが、表現の自由の一つとして憲法第21条の保障を受けるとする見解が有力である。また、取材源秘匿については「取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有する」と認められている(NHK記者証言拒絶事件(最判平成18年10月3日民集60巻8号2647頁))。
ただし、上記の各判例は、いずれも「報道機関」を対象としたものであり、フリージャーナリストの位置付けは、判例上明確に示されていない。そこで、その点をどう判断するかが第二の論点となる。報道は国民の知る権利に奉仕するもので、そのために、取材の自由は「報道機関」に対して特に認められたものである。しかし、「報道機関」の範囲をどう捉えるかは議論の余地がある。Xのようなフリージャーナリストに取材の自由の保障が及ばないとすれば、そうした区分の合理性が問題となり、実質的に報道機関としての性質を備えているかで判断するとすれば、「報道機関」としての性質をどう捉えるかが問題となる。
第三に、本問では、フリージャーナリストは、取材相手に対して民事上の守秘義務契約があると知りながら、それに反する行為を強く迫っており、これが正当な取材活動に当たるか否かが問題となる。この点については、外務省秘密電文漏洩事件(最決昭和53年5月31日刑集32巻3号457頁)における「報道機関といえども……取材の手段・方法が……一般の刑罰法令に触れる行為を伴う場合は勿論、その手段・方法が一般の刑罰法令に触れないものであっても、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合にも、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びる」との判示が参考になる。本問は、刑罰法令違反ではなく、民事上の守秘義務違反が問題となる事例であるが、上記判旨を踏まえ、かつ、本問で事実として示された取材の態様に照らして判断を示す必要がある。
最後に、民事訴訟法第197条第1項第2号は一定の職業について、職務上知り得た事実で黙秘すべきものであることを理由とする証言拒絶を認め、さらに、同項第3号で概括的に「技術又は職業の秘密に関する事項」について証言拒絶を認めている。フリージャーナリストは同項第2号に列挙された職業には該当しないため、同項第3号による保護が及ぶかどうかが問題となる。これについて、判例(NHK記者証言拒絶事件)は「職業の秘密に当たる場合においても……直ちに証言拒絶が認められるものではなく、そのうち保護に値する秘密についてのみ証言拒絶が認められ」、「保護に値する秘密であるかどうかは、秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲となる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられる」とした上で、「報道関係者の取材源は、一般に、それがみだりに開示されると、報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ、将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり、報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になると解されるので、取材源の秘密は職業の秘密に当たる」としている。上記判旨をも踏まえて、結論を示す必要がある。

投稿者 tu

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