次の【事例】を読んで、後記〔設問〕に答えなさい。
【事例】
1 V(25歳、男性)は、令和5年6月1日午前8時頃、H県I市内のQ公園内ベンチに座り、同ベンチ上に財布が入った水色のリュックサックを置いていた。Vがうとうとしていたところ、同ベンチの背後から、男(以下「犯人」という。)が手を伸ばし、リュックサックをつかんだ。
Vが人の気配を感じて目を覚まし、リュックサックがないことに気付いて周りを確認すると、リュックサックを肩に掛けて逃走する犯人の後ろ姿が数十メートル先に見えた。そこで、Vは「待て、泥棒。」と叫び、犯人を追い掛けた。Vは犯人に追い付き、犯人の背後から、犯人が着用していたパーカーのフード部分を右手でつかみ、左手で犯人の上半身を抱きかかえようとした。すると、犯人は、リュックサックを前方に投げ、「やめろ、離せ。」と言って、Vの左手を自分の左手で払い、右手を勢いよく後ろに振った。犯人の右手の甲がVの頬と鼻に当たり、Vはその衝撃でフードから手を離した。そして、犯人はVの方に向き直り、Vの胸部を正面から両手で押し、Vは尻餅をついた。Vはすぐさま起き上がり犯人を追い掛けようとしたが、公園の芝生が湿っていたため転倒してしまった。その隙に、犯人は、リュックサックを拾い、付近に停めてあった赤色の自転車に乗って逃走した。Vは、自転車で逃走する犯人を走って追い掛けたが、Q公園正面出入口付近で犯人を見失った。なお、本件事件の目撃者はいなかった。
2 Vは、ズボンのポケットに入れていた携帯電話で110番通報をし、同日午前8時15分頃、I警察署の司法警察員KらがQ公園に臨場した。Vは、Kに、前記被害状況に加え、Vのリュックサックの中には、前日に給料として受け取った現金22万9500円(一万円札22枚、五千円札1枚、千円札4枚、五百円硬貨1枚)とNKドラッグストアの会員カード1枚在中の財布があったこと、財布は、茶色の革製で二つ折りであることを説明した。そして、犯人については、「見たことのない男で、身長は170センチメートルくらいで細身だった。年齢は60歳前後だと思う。黒い帽子と黒いマスクを着けており、上下紺色の着衣で、白いスニーカーを履いていた。上着はパーカーでフードが付いていた。私は、リュックサックを取り戻すために同フードを引っ張ったが、男は暴れて抵抗し、最後は倒されて強くお尻を打った。今も痛む。」と供述した。
Vは、高校卒業後、とび職人として建築現場で稼働しており、身長175センチメートル、体重75キログラムで、週4回はジムでトレーニングをする習慣があった。Kらは、引き続きQ公園の実況見分を行った。Q公園は、広大な敷地を有する公園であり、Vが座っていたベンチは、一周400メートルのジョギングコースに沿って設置されていた。
Kらが、Q公園正面出入口に設置してある防犯カメラ1台の画像を確認したところ、同日午前7時45分頃、黒い帽子と黒いマスクを着け、紺色のパーカーとズボンを着用し、白いスニーカーを履いた人物が、赤色の自転車に乗って同正面出入口からQ公園敷地内に入ってきて、午前8時9分頃、同一の人物が、水色のリュックサックを背負い、赤色の自転車に乗ってQ公園を出て、I市内のX駅方面に走り去っていく姿が撮影されていた。Vが座っていたベンチ付近には防犯カメラは設置されておらず、被害状況は確認できなかった。Kらは、Q公園に設置してあるその他の防犯カメラ画像も確認したが、犯人と思われる人物は撮影されていなかった。
その後、Vは、KらとI警察署に行き、本件事件の被害届を提出し、前記被害状況等に関するVの司法警察員面前調書が作成された。Kは、Vに、医師の診断を受けるよう伝え、Vは帰宅した。
3 同日午後1時20分頃、Kは、Q公園から約2キロメートル離れたX駅付近を警ら中、X駅前の路地で、前記防犯カメラに撮影されていた人物と同様、黒い帽子と黒いマスクを着け、紺色のパーカーとズボンを着用し、白いスニーカーを履いた男を発見した。その男は、水色リュックサックを背負っていた。そこで、Kが、男に話を聞こうと近付いて行ったところ、男は駆け出した。Kが男に追い付いて停止させた上、「そのリュックサックはあなたの物ですか。」と聞くと、男は、「そうです。」と答えた。Kが、「何が入っているのですか。」と聞くと、男は、「中を見たければどうぞ。」と言ってリュックサックをKに渡した。Kが中を確認すると、茶色の革製二つ折り財布が入っており、その中に現金22万9500円(一万円札22枚、五千円札1枚、千円札4枚、五百円硬貨1枚)とNKドラッグストアの会員カード(無記名で会員カード番号が記載されているもの)1枚が入っていた。Kが、身分を証明するものを見せてほしいと言うと、男は、「今は持っていない。家に来てくれれば自動車運転免許証はある。」と答えたため、Kは、男の了承を得て、一緒に男の家に向かった。
男の家は、X駅から徒歩で約10分の場所にあるアパートであった。自室前には赤色の自転車が停めてあったため、Kが「これはあなたの自転車ですか。」と聞くと、男は「そうです。」と答えた。
男は、Kに自動車運転免許証を提示した。男の氏名はA(65歳、身長168センチメートル、体重55キログラム)であった。Aは、「私はこの家に一人で住んでいます。1年前から体調が良くなく、現在は無職で生活保護を受けています。」と述べたため、Kが「生活保護を受けながら約23万円ものお金を財布に入れていたのはなぜですか。」と聞くと、Aは「すみません。実は、水色のリュックサックとその中の財布は、今日午後1時頃、X駅前のバス乗り場ベンチ横のごみ箱に捨ててあったので拾いました。お金が入っていたので、警察に届けた方がいいのではないかと思いながら持っていたら警察に声を掛けられました。前科があるので、本当のことを言っても警察に捕まるのではないかと怖くなり嘘をついてしまいました。」と述べた。その後、Kが確認をしたところ、Aは、現在は無職で、I市の生活保護を受けており、傷害や暴行の前科が複数あることが判明した。Kは、AにI警察署への任意同行を求め、Aはこれに応じ、KとAは、同日午後2時頃、I警察署に到着した。
4 その頃、警察から連絡を受けたVがI警察署を訪れ、Aが所持していた物品を確認し、「水色のリュックサックと財布、その中に入っている現金や会員カードは私の物です。」と述べた。そして、Vは、事情聴取を受けているAを別室からマジックミラー越しに確認し、「犯人と目元が似ており同一人物であると思う。ただ、犯人はマスクをしていたので断定はできない。」と述べた。同日、Vは、病院へ行って診察を受けており、「左足首捻挫、全治約10日間」と記載された診断書をKに提出した。Kは、Vの左足首が腫れているのを確認したので、同部位を写真撮影した。
そして、Kは、Aの逮捕状の発付を得て、同日午後6時30分頃、Aを、強盗致傷の被疑事実で逮捕した。Aは、Kによる弁解録取において、「私は、Q公園で、リュックサックを盗んだり、人を殴ったりしていない。これ以上何も話したくない。」と述べ、その後黙秘した。
5 同年6月2日、Aは、強盗致傷(刑法240条前段)の送致事実(別紙のとおり)によりH地方検察庁検察官Pに送致された。
①Pは、本件事件記録を確認し、Aが所持していた財布在中のNKドラッグストア会員カードの会員登録情報の捜査記録がなかったことから、Kに連絡をしたところ、捜査未了であったため、この点につき捜査するように指示をした。
その後、Aは、Pによる弁解録取においても黙秘し、所要の手続を経て、同日中に勾留された。
6 同日、Aに国選弁護人Bが選任され、同日中にBはAと接見した。Aは、Bに対し、「私は強盗などしていない。無実の罪で捕まっている。自宅に帰りたい。」と述べた。
Bは、Aを早期に身体拘束から解放すべきであると考えた。そこで、Bの法律事務所に勉強に来ている学生甲、乙及び丙の3名に、勾留されている被疑者を解放する方法としてどのような手続が考えられるかと尋ねたところ、各人は次のように発言した。
甲「勾留理由開示の請求をすべきだ。」
乙「保釈の請求をすべきだ。」
丙「勾留に対する準抗告の申立てをすべきだ。」
同年6月3日、②Bは、勾留の理由及び必要性がないとして裁判所に準抗告を申し立てた。これに対し、裁判所は、同日、その準抗告を棄却した。
7 同年6月4日、Aが所持していた財布在中のNKドラッグストアの会員カードの会員登録情報につき、所要の捜査により、同カードはVのものであることが判明した。
Aが前記のとおり、「水色のリュックサックは、6月1日午後1時頃、X駅前のバス乗り場ベンチ横のごみ箱に捨ててあったので拾った。」と述べたことから、Kらは、同年6月7日、I市内X駅前に設置されている複数の防犯カメラにつき、保存されていた同年5月30日から同年6月1日までの間の画像を確認したところ、X駅前のバス乗り場周辺が撮影されている画像に、Aや水色リュックサックは撮影されていなかった。
同年6月15日、Pは、Vの事情聴取を実施し、Vの検察官面前調書を作成した。Vは、前記被害状況等に加え、「私の左手で、犯人の上半身を背後から抱きかかえようとした際、犯人の体に触れた。そのとき細い体だと思った。犯人は、私の左手を振り払って、右手を勢いよく後ろに振った。犯人の右手は私の頬と鼻に強く当たり、目の前に火花が散ったような衝撃があった。一瞬何が起きたのか分からず、思わず手を離してしまった。すると、Aが私の方を向いて正面から私の胸の部分を両手で勢いよく押してきたので、私は後ろに倒れて尻餅をついた。あの細さからは想像がつかない強さだったのでびっくりした。すぐに起き上がって追い掛けたが、芝生が濡れており、足を滑らせて転倒した。その時、足首をひねったがそのまま追い掛けたので痛めてしまった。病院で、左足首捻挫の診断を受けたが、生活に支障はなかった。顔とお尻も医者に診てもらったが怪我はなかった。」と述べた。
Pは、所要の捜査を遂げ、Aが所持していた水色リュックサック並びに現金及びNKドラッグストアの会員カード在中の財布がVの物であり、本件の被害品であると判断した。そして、③Pは、本件犯人がAであることにつき、Aが被害品を所持していたことは重要な事実であるが、それのみでは不十分であり、それ以外の事実も加えることでAが犯人であることを立証できると考えた。
以上の検討を踏まえ、④Pは、Aにつき、窃盗と暴行の公訴事実(別紙のとおり)で公判請求した。
8 その後、Aは接見において、Bに、「私は、Q公園に行っていない。6月1日は自宅にいた。
昼になってX駅の方に向かい、リュックサックは警察官に声を掛けられる直前に拾った。拾った場所は、X駅前のバス停付近にあるごみ箱だったと思うが、ほかの場所かもしれない。」旨説明した。Aの説明を踏まえ、Bは、Aと犯人との同一性(犯人性)を争う方針を固めた。
9 第1回公判期日の罪状認否において、Aは「身に覚えがない。」と述べた。
証拠調べ手続において、Pは、関係各証拠の取調べを請求したが、このうち、「被害状況等」を立証趣旨とするVの検察官面前調書について、⑤Bは「不同意」と述べた。また、「本件後のVの左足首の状況」を立証趣旨とするKが撮影したVの左足首の写真について、⑥Bは「異議あり。」と述べた。
〔設問1〕
⑴ 検察官Pが下線部①の指示をした理由を答えなさい。

答案作成手順


⑵ 検察官Pが、下線部③のとおり、本件の犯人がAであると認定するに当たり、Aが被害品を所持していた事実が重要であると考えた理由及びその事実のみでは不十分だと考えた理由を、それぞれ具体的な事実を指摘しつつ答えなさい。

答案作成手順


〔設問2〕
下線部②につき、弁護人Bが、Aを早期に身体拘束から解放するために⑴ 甲及び乙が提案した各手続を採らなかった理由⑵ 丙が提案した手続を採った理由を各手続の根拠条文を挙げつつ答えなさい。

答案作成手順


〔設問3〕
下線部④につき、検察官Pが、送致事実の強盗致傷ではなく、別紙記載の公訴事実でAを公判請求した理由につき、具体的な事実を指摘しつつ答えなさい。なお、Vの供述は信用できるものとして検討すれば足りる。

答案作成手順


〔設問4〕
⑴ 下線部⑤の弁護人Bの意見を踏まえて、その後想定される検察官Pの対応を答えなさい。

答案作成手順


⑵ 下線部⑥につき、異議の法的性質及び異議の理由を述べ、その後想定される裁判所の対応を答えなさい。

答案作成手順


(別紙) ※具体的な犯行場所や被害品時価合計金額は省略
送 致 事 実
被疑者は、令和5年6月1日午前8時頃、H県I市内所在のQ公園において、V所有の現金22万9500円及び財布ほか1点在中のリュックサック(時価合計約○円相当)を窃取して逃走したところ、Vにその犯行を発見されて追跡され、同公園内において追い付かれて取り押さえられるや、逮捕を免れるため、V(当時25歳)に対し、その顔面を手の甲で1回殴打し、さらに、その胸部を両手で押してVを転倒させる暴行を加え、同人に全治約10日間を要する左足首捻挫の傷害を負わせたものである。
公 訴 事 実
被告人は
第1 令和5年6月1日午前8時頃、H県I市内所在のQ公園において、V所有の現金22万9500円及び財布ほか1点在中のリュックサック(時価合計約○円相当)を窃取し第2 前記日時場所において、V(当時25歳)に対し、その顔面を手の甲で1回殴打し、さらに、その胸部を両手で押して同人を転倒させる暴行を加えたものである。
罪 名 及 び 罰 条
第1 窃 盗 刑法235条
第2 暴 行 同法208条


(出題の趣旨)

本問は、犯人性及び実行行為性が問題となる強盗致傷事件を題材に、犯人性の認定における被害品の近接所持の推認力(設問1)、被疑者を身体拘束から解放する手段(設問2)、事後強盗罪における暴行の実行行為性の判断要素等(設問3)、検察官請求証拠に対する弁護人の意見を踏まえたその後の公判手続の進行の在り方(設問4)について、【事例】に現れた証拠や事実、手続の経過を適切に把握した上で、法曹三者それぞれの立場から、その思考過程及び採るべき具体的対応について解答することを求めており、刑事事実認定の基本構造、刑事実体法及び刑事手続法についての基本的理解並びに基礎的実務能力を確認するものである。

投稿者 tu

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA