1. 事実認定に先立っての訴因変更の要否
(1) 原則:訴因の拘束力と「不告不理の原則」
まず、大前提として裁判所は検察官が設定した「訴因」に拘束されます。訴因として挙げられていない事実について、裁判所が勝手に有罪判決を下すことはできません。これを「不告不理の原則」といいます。
したがって、審理の過程で、起訴状に記載された訴因(公訴事実)と、証拠によって明らかになった事実との間に「くい違い」が生じた場合、そのまま判決を下すとこの原則に反する可能性があります。その「くい違い」の程度によって、訴因変更が必要かどうかが決まります。
(2) 訴因変更が「必要」となる場合
訴因変更が必要不可欠となるのは、訴因と認定事実のくい違いが、被告人の防御権に実質的な不利益を及ぼすおそれがある場合です。
これは、言い換えれば、もし当初から裁判所が認定しようとしている事実で起訴されていたならば、被告人は異なる防御方法を採ったであろうと考えられるケースです。具体的には、以下のような重要な要素に相違がある場合が該当します。
日時・場所の大幅な相違:
行為の態様(方法)の根本的な相違:
例: 訴因では「被害者を殴って金品を奪った(強盗罪)」とされていたが、証拠上「被害者を騙して金品を交付させた(詐欺罪)」であることが判明した場合。罪名(構成要件)が全く異なるため、訴因変更が必須です。
例: 訴因では「青酸カリによる毒殺(殺人罪)」とされていたが、証拠上「扼殺(首を絞めての殺害)」であったと判明した場合。同じ殺人罪の枠内であっても、防御の対象となる行為が根本的に異なるため、不利益が生じます。
被害者や客体の相違:
例: 「Aさんからバッグを窃取した」という訴因に対し、「実はBさんから窃取したものだった」と認定する場合。
これらのケースでは、検察官は判決前に訴因変更手続(刑事訴訟法第312条)を経なければならず、裁判所も検察官に訴因変更を促すべきです。変更がなされないまま判決を下すと、法令違反として判決が破棄される原因となります。
(3) 訴因変更が「不要」である場合
一方で、訴因と認定事実のくい違いが些細なものであり、被告人の防御権に実質的な不利益を与えない場合には、訴因変更は不要です。
このような場合、裁判所は訴因の範囲内で「幅のある事実認定」または「択一的な事実認定」を行うことが許されます。
日時・場所の僅かなズレ:
例: 訴因で「午後10時頃」とされているところを「午後10時15分頃」と認定する場合。被告人のアリバイ主張などに影響がなければ、不利益はありません。
行為の態様の些細な相違:
例: 「右手に持ったナイフで刺した」という訴因に対し、「左手に持ったナイフで刺した」と認定する場合。
例: 「バールで窓を破壊した」という訴因に対し、「ハンマーで破壊した」と認定する場合。侵入窃盗という行為の核心部分が変わらない限り、防御の対象は明確であり不利益は小さいと判断されることが多いです。
この判断基準は、あくまで「被告人の防御にとって重要かどうか」という観点から、具体的かつ実質的に判断されます。
2. 訴因変更が不要でも裁判所が採るべき措置
たとえ訴因変更が法的に必須でない「些細なくい違い」であったとしても、被告人にとっては「訴因と違う事実で有罪にされる」という事態が生じます。これが被告人にとって「不意打ち」とならないように、裁判所は配慮すべき責務があります。
そこで、裁判所は釈明権(しゃくめいけん)を行使して、訴訟関係者に注意を喚起する措置を採るべきとされています。
釈明権の行使とは
釈明権とは、裁判所が訴訟関係を明瞭にするために、検察官や被告人・弁護人に対して質問を発したり、意見を述べさせたりする権能です。
具体的には、裁判長が審理の終盤(論告・弁論の前など)で、以下のように告げることが考えられます。
「検察官、弁護人、本件の証拠によれば、犯行日時は訴因記載の『午後10時頃』ではなく、『午後10時30分頃』である可能性も考えられます。この点について、何か主張や立証の補充はありますか?」
釈明権を行使する目的
不意打ち防止: 裁判所がどのような事実認定をしようとしているのかを事前に示唆することで、被告人・弁護人に反論や新たな証拠提出の機会を与え、防御権を実質的に保障します。
検察官への促し: 検察官に、念のため訴因変更をすべきかどうかを検討する機会を与えます。
争点の明確化: 最終的な争点を明確にし、充実した弁論を行わせることで、より公正な裁判を実現します。この釈明を怠ったまま、訴因と異なる事実を認定して有罪判決を下した場合、たとえ訴因変更が不要な範囲のくい違いであっても、「審理不尽(しんりふじん)」や「判決理由の食い違い」として、控訴審で判決が破棄される可能性があります。
まとめ
| 段階 | 問い | 答え |
| ステップ1 | 訴因変更は必要か? | 訴因と認定事実のくい違いが被告人の防御に実質的な不利益を与えるか否かで判断する。不利益があれば「必要」、なければ「不要」。 |
| ステップ2 | 訴因変更が不要な場合、裁判所はどうすべきか? | 被告人への「不意打ち」を避けるため、釈明権を行使して、認定しようとしている事実の心証を事前に開示し、当事者に意見を述べる機会を与えるべきである。 |
このように、刑事裁判における事実認定は、訴因という枠組みの中で行われつつも、被告人の防御権を実質的に保障するために、訴因変更や釈明権の行使といった手続を通じて柔軟かつ慎重に進められます。