自己所有物であっても、相手の占有下にある物を無断で持ち帰る行為は、窃盗罪および住居侵入罪に該当する可能性が非常に高いです。
相手方である乙の金銭要求行為は恐喝罪に該当する可能性がありますが、それによって所有者の行為が正当化されるわけではありません。
以下に、それぞれの行為がどの犯罪に該当しうるかを詳しく解説します。
1. 甲の行為(証拠物を無断で持ち帰る)
窃盗罪(刑法235条)
窃盗罪は「他人の財物を窃取した」場合に成立します。ここで重要なポイントが2つあります。
- 「他人の財物」とは? 刑法上の「他人」とは、所有権の有無だけでなく「占有」の有無で判断されます。たとえ甲が所有者であっても、その証拠物を乙に預けていた時点で、その物の占有は乙にあります。したがって、乙が占有している甲自身の所有物を無断で持ち帰る行為も、窃盗罪における「他人の財物を窃取した」行為に該当します(これを「自己物窃盗」と呼ぶこともあります)。
- 「財物」とは? 脱税の証拠が記録された書類やUSBメモリ、ハードディスクなどは、物理的な物体として経済的価値が僅かであっても「財物」とみなされます。その情報内容が違法なものであっても、物自体が財物であることに変わりはありません。
したがって、乙の自宅から無断で証拠物を持ち帰る行為は、窃盗罪を構成する可能性が非常に高いです。
住居侵入罪(刑法130条)
乙の自宅(乙宅)に、正当な理由なく、乙の意思に反して立ち入る行為は住居侵入罪に該当します。物を盗む目的で立ち入ることは、当然ながら正当な理由にはなりません。
- たとえ以前は自由に出入りできる関係だったとしても、「証拠物を盗む」という目的を隠して立ち入った場合や、乙が許可しない状況で立ち入った場合には、住居侵入罪が成立します。
2. 乙の行為(金銭を要求する)
恐喝罪(刑法249条)
乙が「脱税の事実を告発されたくなければ金銭を払え」といった趣旨で甲を脅し、金銭を要求する行為は、恐喝罪に該当する可能性が極めて高いです。
- 恐喝罪は、相手方を畏怖させるような害悪を告知(脅迫)し、それによって財物を交付させる(または財産上の利益を得る)犯罪です。脱税という甲の弱みを突き、それを暴露することを示唆して金銭を要求する行為は、典型的な恐喝の手段です。
3. 甲の行為は正当化されるか?
甲としては「恐喝から自分の権利を守るためだった」と主張したいところかもしれません。しかし、法的には以下のような理由で、甲の窃盗や住居侵入が正当化される可能性は低いです。
- 正当防衛(刑法36条): 相手の不正な攻撃から自分や他人の権利を守るための行為ですが、窃盗という手段は「やむを得ずにした行為」とは認められにくいでしょう。警察に相談するなどの他の手段があったと判断される可能性が高いです。
- 緊急避難(刑法37条): 現在の危難を避けるためにやむを得ず行う行為ですが、これも同様に、法的な手続きを踏まずに犯罪行為に及ぶことは、通常「補充性の原則(他に取るべき手段がないこと)」を満たさないとされます。
- 自救行為: 私人が法的手続きによらずに実力で権利を回復する行為は、原則として違法です。極めて例外的な状況でしか認められません。
まとめ
| 行為者 | 行為 | 成立しうる犯罪 |
| 甲 | 乙宅から脱税の証拠物を無断で持ち帰る | 窃盗罪 および 住居侵入罪 |
| 乙 | 脱税の証拠をネタに金銭を要求する | 恐喝罪 |
| 甲 | (そもそもの行為として)脱税 | 所得税法違反など |
結論として、甲の行為は窃盗罪および住居侵入罪に問われる可能性が非常に高いです。
乙が恐喝という犯罪行為を行っている事実は、甲が罪に問われた際に、裁判官が刑の重さを判断する上で情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)の事情として考慮される可能性はあります。しかし、それによって甲の行為の違法性がなくなり、無罪となるわけではありません。